オーガニックコットン

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お父さん、ここだけの話やけどな。

何や、ヨシコリ。

お母さんはいつもわたしにオーガニックコットンの着心地のよい服やタオルを選んでくれます。産前も食べ物や運動にも気をくばり、わたしもへその緒からええもんいっぱいいただきました。そんな気配りの多い素敵なお母さんに感謝しています。

でも、せっかくのオーガニックコットンのタオルなのに・・・。

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パリッ!パリッ!って

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どういうことやねーん!

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七夕

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わたしはゲップが少し苦手です。

それでもお母さんはいつも優しく見守ってくれます。授乳後、色々なカタチでゲップを出させようとしてくれるのですが、いつもお腹一杯で眠ってしまいます。時たま自分のオナラの音でビックリして起きてしまうときがあります。どうやらわたし、ゲップの代わりにオナラをしているみたいなんです。

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そんな時、お父さんは、わたしの髪を七三にしたがります。

ちょっと足をバタつかせると、ライダーキーック!と叫んでいます。そして眼鏡を装着すると、ウルトラマンセブンだぞー!と顔を近づけてきますが、正しくはウルトラセブンなのに、本当、男っていつまでも子どもなのかも知れません。

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それに比べてお母さんは前衛的です。

大量生産、大量消費時代に失われてしまった人間の根源の力を見直そうと、おむつなし育児の勉強をしています。そして何でも真剣に取り組まれる性格だからか・・・。

結構、スパルタです。

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今日はロックな日だぞ!

能天気なお父さんは台所で料理をしながら、わたしに音楽を聞かせてくれます。これはブリティッシュ・ロックと言うそうです。英語の歌がこう言います。

ね、遠くへ連れて行って

あなたのハートのそばで抱きしめて

そして小さなお願いを聞いて

だってわたし、わたし、あなたを愛しているんだもの

何て素敵な歌詞。今日は七夕。

わたしの彦星よ、いずこ。

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あなたは彦星ではない。

そう分かっているのだけれど、不覚にもお父さんの腕の中で眠ってしまいます。レディーなのにおっさんみたいな声で寝言を言ってるみたいだけど大丈夫かしら。寝起きの動きが江頭2:50みたいと言われるけど大丈夫かしら。未来の彦星を想いながら眠ります。

それでは皆様、よい七夕を。

追伸:お父さんには、この後、ゲップの代わりにオナラ6連発しておきました。

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おつきあい

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もうヨシコリは大人なんだから、自分で扇ごう。

そう言って、団扇を持たせようとしてくるお父さんは、動物占いが小鹿だそうです。奈良で生まれ育ったからお似合いですね。小鹿は生まれてすぐ走り回るんや、ヨシコリも出来る!といって、私に団扇を持たせようと無理難題を言ってきます。

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だから小指でそっと持って満足してもらいました。

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あれがナイアガラの滝や。

お父さんは、小さな家に住んでいるのに大きなことばかり言います。いつも話が大げさなのです。どうみても洗濯機の注水です。いつか本物の滝を見たいと思います。

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お前はだんだん眠くなる。

お父さんは、家の電気の紐の先にある小さな玉で、わたしに催眠術をかけようとして喜んでいます。

しつこいので、寝たふりをしました。

するとお父さんは自慢げに微笑みました。

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ヨシコリー!お父さんにずっと遊んでもらって良かったねー!

お母さんは嬉しそうにそう言います。まだしゃべれないから、ものすごく嫌な顔をしておきました。でもお父さんはお構いなし。「明日もまた遊ぼうな」と言いました。

明日もがんばります。

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シンプルなこと

ヨシコリが泣くと、僕たちはあれこれ考え、こうしてやろう、ああしてやろうと色々動いてしまう。

おむつはどうだ?

お腹が減ったのか?

寒いのか?

暑いのか?

確かにそういうこともある。

でももっとシンプルなことに気がついた。

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それは母のぬくもりが欲しいということ。

ただそれだけで安眠する。

おやすみ。

ヨシコリーズ(ヨシコ&ヨシコリ)。

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日々のこと

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うわぁあぁぁぁ!

最近、ヨシコリがしっかり泣くようになった。きっかけは風呂上りにボクが上半身、裸で歩いていると、それにびっくりしたヨシコリが絶叫。

ヨシコリよ、父ちゃんの裸のどこが悪いのかね。

さてヨシコリはヨシコのあくびした顔を見て笑う。変な顔だなぁと言うような目でニヤリとするのである。

でもヨシコリよ。アナタのあくびもヨシコと同じ顔なんだよ。

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ヨチュオさん。

何かね。

私、ヨシコリの小さな顔みて過ごしているから、ヨチュオさん似のヨシコリの顔を見たあと、アナタの顔を見ると、「デカッ!」と思うわけ。

心配するな、ヨシコよ。

ヨシコリもきっと顔は丸く、大きくなる。小学生のころから頭が大きくて、赤白帽がかぶれず、頭の上にのっているだけだったアナタの子どもだよ。

イテテテテテ。

あやしているとヨシコリは乳の出ない父の乳を握りつぶしてくる。はいはい、すみません、すみません。ヨシコリは小顔ですね。

外から雨音。本格的な梅雨を吹き飛ばそうと、ゴーヤチャンプルと、暑くても食べやすいようにトロロ芋ごはんをつくる。醤油の香ばしい匂いをさせて、ヨシコリーズが待つ部屋へ。何だか毎日の家事も慣れてきた。

明日はどんなご飯をつくろうか。

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沐浴と寝言

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父ちゃ~ん、この部屋暑すぎやおまへんか?

すまん、ヨシコリよ。今すぐエアコンつけさせてもらいます。

日中は、この日のために購入したエアコンが大活躍。今まで大人2人なら酷暑をはね飛ばしたものだが、小さなヨシコリにはきつすぎる。汗が出てきたヨシコリを沐浴させようと、ヨシコが準備をはじめた。

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ぷかぷかぷかぷか。

ヨシコリは沐浴が大好きみたい。でもタライが少し小さくて、ひとまわり大きなベビーバスでも探そうを思う。(翌日、購入、ヨシコリ大満足)

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ヨシコよ、八つ刻だけど、おやつに何か食べるかね。

うん、メロンパンと、メロンを。

メロンパンとメロンを食べたヨシコはヨシコリと一緒にお昼ねタイム。ヨシコリがぐずったらヨシコを起こせばいいやと、そっとしておく。起こさないように、静かに、静かに過ごしていると、塾の生徒募集らしき宣伝カーがZARDの音楽を響かせて近づいてくる。

泣かないで~♪も~少し~♪

いや、この音量だと、絶対泣いてしまう。

落ち着け。気を長く持つのだ。リラックス、リラックス。妊婦は産むときリラックスだが、産後は夫がリラックスするのだ。何があっても落ち着いて行動するのだ。通り過ぎるまで窓をしめよう。忍者のように静かにそ~っと忍び足。それが忍夫(にんぷ)。二人健やかに過ごしてもらうために…。

ギャー!!!!!

なっ、何だ何だ?

ヨシコリが泣いたかと思えば、ヨシコの寝言だった。どうやら夢で中尾彬と笑福亭笑瓶がTVで「これはまずい!」と言ったたこ焼きを、ボクが取り寄せ、そのたこ焼きを食べさせられるという恐怖の夢を見たらしい。

洗濯物を干す。青い空の下、ボクたちの夏服に混じって、小さな服と布オムツが風にゆれていた。

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目覚めたヨシコリご機嫌さん。

ボクがご飯をつくる。ヨシコと食べる。ヨシコがヨシコリに授乳する。ヨシコリがボクの腕の中で排泄する。それはヨシコリのごちそうさまの合図。

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夜。ヨシコリもヨシコも安眠。

ヨシコリが夜泣きすれば、ヨシコが起きてあやすことになるだろう。ボクも眠りにつく。

丑三つ時・・・。

ギャー!!!!!

なっ、何だ何だ?

ヨシコリかと思えば、ヨシコの寝言。聞くと、どうやら夢で西村雅彦が「大阪万博の主役です」と言いながら気持ち悪く近づいてきたらしい。

それにしても大人の夜泣きで起きるとはと、2人して大笑い。ヨシコリがすやすや眠るその横で。

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お七夜

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帰りますよー!

今日はヨシコとヨシコリが退院の日。会社からお休みをいただき、歩いて病院に向かう。ドアを開けるとおめかししたヨシコリーズ(ヨシコとヨシコリ)。

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さてさて、おくるみに包みましょう。

手作りの気持ち、優しさが伝わります。かわいいなぁ。そして、たらこキューピーの歌(たらこ・たらこ・たらこ)をついつい歌ってしまう不思議。

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帰りのタクシーの運転手さんも、やさしく運転してくれる。カーブを段差を、ゆっくりとゆっくりと。すべてがのんびりだ。

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「星に願いを」のオルゴールを聞きながら。

家に帰ると、ヨシコリはスヤスヤ眠る。階下の八百屋さんも、パン屋さんも、酒屋さんも、ご近所さんも、おっぱい以外なら任せてねー!と声をかけてくださる。ヨシコが入院中、ボクの晩御飯をホイッ!と渡してくれたことがあったり、そんな心づかい。ありがたいなぁ。

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ヨシコも我が家に帰って一安心。

野菜の重ね煮をつくり、パクリ。のんびりしたかと思えば、ヨシコリの催促ですぐに授乳。お母さんは大忙し。ヨシコリは汗をかくほど懸命に飲んでかと思えば、爽やかな顔をしてまた眠る。ボクは晩御飯の用意を。

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うますぎる!

今日はお祝いでいただいた「うどんすき」で祝賀会。鬼平犯科帳でしか見たことがないような、鱧を出汁でふわふわっとさせいただく。冬瓜、よもぎ麩、筍、海老。ほっぺがとろけそうになるのだが、何よりも家族そろって食べるということが、最高の隠し味。

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今日はお七夜。

墨をすり、半紙に向かい、心落ち着かせる。

命名。

筆を運ぶ手もおぼつかないが、何とか書上げ、神棚へ。

妹にもらった花束をヨシコがそれぞれ水に差す。煌びやかなガーベラやカーネーションの間に咲く、小さな花がヨシコリに見えてきた。

時を忘れてのんびりと。

まったりとした子になればいいなぁ。

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命の名まえ

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父ちゃ~ん、早く名前をつけておくれよー。

何だかヨシコリの心の叫びが聞こえてきそうだ。男か女か事前に聞いていなかったので、思わぬところで大慌て。いつまでもヨシコリ~♪と声をかけている場合ではないのだ。

それにしても赤ちゃんの匂いっていいなぁ。甘い。とにかく甘い匂いがするのだ。ヨシコがいないと泣くので抱いてあやす、するとヨシコリが変な顔をする、思わず腹から笑う、その振動でヨシコリがまた泣いてしまう。

どうしたらいい。この悪循環。

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ヨシコはどんどん母の顔になる。

ヨシコリも3日目にもなると、ヨシコの顔に似てきた。顔がどんどん変わるのだ。

ボクは朝の電車の中、仕事の昼休み、病院からの夜空の下、ひとりで過ごす我が家で毎日、毎日、ヨシコリの名前を考える。今読んでいる本、新田次郎の「槍ヶ岳開山」の中にヒントはないか。過去の記憶、生まれた日の中にヒントはないか。思いつくままに書き出していく。

それも尽きると、最近ではどんな名前があるのか参考までに調べてみると、エッ!そんな読み方するの!?というものもある。

北斗の拳でいう「強敵」と書いて「友」と読ませるような、「下町」と書いて「ナポレオン」と読ませるような、そんな時代なのだ。

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菊姫はどうか。

いや、これはお祝いにいただいた酒の名前である。目に付く漢字を何とか名前にしたくなる気持ち。分かるかなぁ。酒をかたむけ、忌野清志郎の「プリプリ・ベイビー」を聞いている場合ではないが、聞いてしまう気持ち。

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おっと!「ヨシコリ様」って日本を代表するカヌーイスト、野田知佑さんに書いてもらったことを、ムフフと思い出している場合ではない。

考えろ、考えるんだ、父ちゃん。

はっ!

そう言えばヨシコもどこかに名前の候補をメモしていたはず。すぐさま探し出し、その候補を見て驚愕する。

胡麻。

それ、アンタが好きな食べ物じゃないか。忘れずに買ってきてねメモじゃないんだから。

麻胡。

これも絶対、胡麻だよ。

粥。

米子。

これじゃぁ、離乳食だよ、出世魚だよ。ハマチ、ブリじゃないんだから。

しかし、さすがはわが妻よ。離れていてもボクを笑わせてくれる。

でも安心しろ、ヨシコリ。父ちゃんが最高の名前を考えてやるからな。

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次の日。

会社から飛んで帰り、ヨシコリ~♪と声をかけると、ヨシコリはニヤリではない、明らかにニタリと笑ったではないか。

あかん!

ヨシコリという言葉に反応をはじめている。

父ちゃん、ピンチ。

急ぐのだ!

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パパの歌

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昼間のパパは~♪ちょっと違う♪

ヨシコとタクシーに乗っていると忌野清志郎の「パパの歌」がラジオから流れてくる。心で口ずさみながら運転手さんの名前をみると「アンドウ」とある。

そういや、ヨシコと付き合うきっかけをくれたのも「アンドウ」くんだったっけと思い出しながら、何だか運命的なものを感じてしまう。

初夏の青空がそれはそれは綺麗で、風が優しく吹いている。いつもは素通りする寡黙な犬のコロちゃんも、今日ばかりはヨシコをじっと見ていた。

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H&Mさんの言葉を信じてがんばるわ。

産婦人科で受付をすませ、ヨシコは診察室へと消える。暇なので待合室を見ていると、はじめての面持ちで緊張気味の男性が、助産婦さんから説明を受け、パパへの第一歩を踏み出そうとしていた。その周りをどこかの子どもが走って遊んでいる。

少しして診察室から出てきた助産婦さんが、このまま入院してもらいま~す!と言う。ヨシコはこれは陣痛なのかといぶかりながら、10時20分に入院となった。

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わ~い!旅行に来たみたい!

ヨシコはさっそく病院食をペロリ。助産婦さんがやってきて、着替えるからと追い出される。カーテンの向こうから、陣痛って分からんかったー。映画でも見に行こうとしてたんですよー。ワハハハハー!というヨシコの声が聞こえてくる。館内では、先のパパママ教室で同じだったお母さんたちが、お腹をすっきりとさせて歩いている。無事に生まれたんだなぁと思いながら、持ってきた「鬼平犯科帳の世界」をめくった。

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モニターからヨシコリの心音が聞こえてくる。

トクトクトクトク。

陣痛が来たら階段を上り下りするとお産がすすむよ~、と助産婦さんに聞いたヨシコは、得意とするところだよ!と言いながら、陣痛が来るたびにフンガ!フンガ!と動きまくる。

ヨチュオさん、まだ大丈夫そうだから、一度、家に帰れば?

お腹も空いたし、入院するに必要な荷物もまだあったので、病室から元気に手を振るヨシコに見送られ、一時帰宅。近くの池では蓮がいよいよ花を咲かせようとしている。素麺を湯がき、生姜をする。トマトを切って、ズズッ!とやっていると、一通のメール。

ヨチュオさん、もう30分もすれば産む準備するみたい。

えっ!ウソ!?

ボクは急いで家を飛び出した。

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ヨシコよ、リラ~ックス!

病院に戻るとさっきとはうって変わって苦しそう。これが陣痛か!とヨシコは耐える。ツルッと出ておいでね、とヨシコリに優しく語りかけては、再び襲う痛みに顔をゆがめる。

ヨシコよ、父ちゃんもいるよ。

あっ、ヨチュオさん。

何だい?

鼻から鼻毛が束になって出てるよ。

そう、それぐらいリラックスするのだ。

ボクは鼻毛を鼻の奥に追いやりながら、左手でヨシコの腰を、右手で股の間をヨシコが息を吐くタイミングで押してやる。助産婦さんによると、こうすると随分、楽になるらしい。どんどん短くなる陣痛の波。そしてボクの右手いっぱいにヨシコリの心音がトクトクと感じるようになる。

ヨチュオさん、助産婦さんを呼んで!わたし、もう産む!

ボクは急いで呼びに行く。初産ということもあり、まだ少しかかるだろうと考えていた助産婦さんたちは、一気に慌しくなる。ヨシコは歩いて分娩室へ。スリッパなんてどうでもいい。

立会い出産だったので、すぐに呼ばれて行くと、4人の助産婦さんが、テキパキと動いている。そういえば、立会い出産のパンフレットに、妊婦さんの顔の汗をふいてあげてくださいという条項があったことを思い出し、ふとヨシコをみると、自分でさっさと拭いているではないか。すごいぞ!ヨシコよ!

アナタ、スピード違反よー!

上手、上手、もう生まれるわ!

ヨシコの手を握り、リラックスさせてやろうと手を差し出そうとしたそのとき、

さぁ、いきんでー!!!バケツの水を持つ感じよー!

助産婦さんの号令とともに、ヨシコの手は所定の位置へ。

ボクの手はぶーらぶら。

あっ!顔が出た!

オギャー!!!!!!

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午後4時44分。

ボクは親父になった。

部屋に入って20分。

46.8cm、2520gと小さいカラダの女の子。

抱くとふわっとして、腕からこぼれ落ちそうな命。

しっかりとつなぎとめたくなる。

ヨシコ、本当にありがとう。

お疲れ様。

ヨシコリ、こんにちわ。

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五月晴れの下で。

親兄弟に報告の電話をしていると、真っ青な空から突然優しい雨が降って来た。これは狐の嫁入りではない。まだまだ嫁にはやれぬと、濡れながら空を見上げると、太陽の光であたり一面キラキラしているではないか。

「パパの歌」ってすげぇ。

そうだよ、昼間のパパは、光ってるんだよ!

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カマキリの午後

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ボクは涙した。

悲しいからではない。体のどこかが痛いからではない。ただ単純に、玉ねぎが涙腺を刺激するのだ。涙でかすむ刃先を見ながら、玉ねぎを切っていく。両親が畑で育てた土つきの野菜を、どうにかおいしくいただけないかと考えながら。

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ちょっと一休み。

植えたパプリカにいつもいるカマキリに挨拶して目の前の八百屋さんへ。足らない食材を買おうと店内に入ると、もう産まれたかと聞かれる。まだですよ。予定日は23日なんですよと答えると、八百屋さんのカレンダーの23の文字に赤ペンで花丸がついた。

奥さんに栄養つけてあげてねと、桃、夏みかん、漬物をくれる。パン屋さんに行っても、奥さんに栄養をつけてあげてねと、どんなに断ってもパンをくれる。何だか申し訳ないが、感謝の気持ちでいっぱいだ。

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ヨシコは風でふくらむ白いカーテンの下でお昼寝。

ボクはその間に何をつくろうかと本棚を見ていると、「ひとつの鍋から幸せひろがる」と書いてある料理本を発見。これしかない!と野菜の重ね煮をつくることにする。

アン・サリーと、ヒヨドリの声聞きながら、鍋の底に塩をふり、切ったトマト、その上にじゃがいも、先程の玉ねぎ、にんじんを重ねていく。そして上から塩少々。おいしくなってくださいと手を合わせたなら、蓋をして、弱火にかけるだけ。

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火を止めるタイミングはいい香りがすればよい。

本にそう書かれてあるのでのんびり待ってみる。鼻がかゆいのでかいていると、指先についていたであろうニンジンの匂いがこびりつく。あわてて顔を洗う。他の野菜のいい香りを逃してはならぬ。だって最高の状態で火を止めるのだから。

そこから少しするといい香りがしてきた。

それは焼きたてのパンの匂い。どうやら下のパン屋さんが午後の支度をしているらしく、あわてて玄関をしめる。いつもなら大歓迎なのだが、今日ばかりは野菜のいい香りを逃してはならぬ。だって最高の状態で火を止めるのだから。

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おいしいよ、ヨチュオさん。

起きてすぐに食べれるヨシコが重ね煮を快食する。ひとつの鍋から幸せがひろがります。塩と野菜のうまみに、胡椒を少し。油はもちろん入りません。体の中から元気になる味を堪能したならば、デザートにいただいた夏みかんを。

そして枝豆をざっと洗い、塩ひとつかみを加え、産毛をこするようにもんだならば、好みの固さで茹で上げる。この熱々を昼間の楽しみ、ビールのあてにしてのんびり過ごそうと決めこんだ。

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あら、私のためにありがとう。

おかしい。ヨシコの手が頻繁に伸びてくる。夏みかんを食べたはずなのに、枝豆もしっかり食べる。これはきっとヨシコリの分なのだろう。今は、二人分しっかり食べて、その後、リラックスが一番なのだ。

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カマキリのメスはオスを食す。

同じ種類でも体の小さいオスが体の大きいメスに共食いされてしまう場合があるのだ。それは産卵にむけての力をつけるためでもあるらしい。ヨシコの食欲を前に、我が家のパプリカにいるカマキリを思い出しながら、人間で良かったなぁと、ふと自分が着ているTシャツを見ると・・・。

げぇえ!カマキリがデザインされたTシャツ着てた!

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カイワレ事件

ヨチュオさん、友達から聞いたんだけど。

何かね。

内くるぶしから少し上のここのツボを押すとね。

ふむふむ、どうなるのかね。

赤ちゃん、産まれるんだって!

ちょっ、ちょっと今は押すの待ってくれ。あの看板が目に入らんか?

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さて晩御飯の買出しに、食品コーナーを歩きながら、今日は何をつくろうかと相談していると、今宵は手巻き寿司にしようということになる。さっそく材料をカゴに入れ始めるのだが、肝心のカイワレがないのである。

ヨシコが手にしているのは、ブロッコリーの芽。似ているけれど、まったく違う!わたしが欲しいのは大根の芽なのだ!手巻き寿司にカイワレがないなんて、考えられぬ。

ヨシコに、家の前の八百屋さんならきっとあるよと、慰められながら帰宅する。

近くの蓮池には、産まれたばかりと思っていたカイツブリの雛が、すっかり大きくなって、蓮の葉を揺らしていた。

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なっ何故だ!

八百屋のおじさんに、イタリアンパセリならあるよと言われる。わたしが欲しいのはそんなオシャレなものじゃなくて、もっと普通の、そう大根の芽なのだ。おじさんも、いつもならあるんだけどなぁと、奥の冷蔵庫まで見てくれる。それでも無し。

ははぁーん。

これだけカイワレがないとなると、おそらくこの近辺の住民、全員、今宵は手巻き寿司なのだ。これは、大変な日に我が家も手巻き寿司を食べたいと思ってしまったものだ。よし、それならば、高速道路の向こうにあるコンビニまで走ろうではないか。ヨシコを帰宅させ、自転車にまたがりカイワレ求めてこぎまくる。

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なっ何故だ!

カイワレよ、何故、巻かれている!コンビニには手巻き寿司そのものが売られている。わたしが欲しいのはそんな出来上がったものじゃなくて、そこに挟まれている大根の芽だけなのだ!

ははぁーん。

おそらく市民、全員、今宵は手巻き寿司なのだ。それならば、となりの市まで自転車をこぎまくる。

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なっ何故だ!

あったのはいいが、レジのお姉さんに58円です♪と言われる。おかしい。貧乏時代、かなりカイワレにお世話になったものだが、確か新世界では15円だったはず。ボクはいったい何を食べていたのだろうかという素朴な疑問とともに、帰宅する。

さて、寿めしをつくり、刺身をさばき、錦糸卵や、ハム、きゅうりなどを準備するヨシコ。次第に熱を帯びてくる手巻き寿司パーティー。

ちょっとタイをダブルでいっちゃう~?

ホタテトリプル最高!

寿めしってすごーい!何でもあっちゃう!

あれもこれも挟みた~い!

やっぱりカイワレ最高っ!!

ギャー!ギャー!

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ヨシコよ、今日は何の日だ!

今日は日曜日、家族が集う日よ!

そのとおり!

あわわわわわ、ヨシコリでお腹が歪むー!

トントンっとお腹を叩くと、元の位置にもどるヨシコリ。

さぁ、こんな両親の元に飛び出ておいで。

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アシナガバチとタンソクトウチャン

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あかん、あかん!そっち行ったら!

朝から、ボクは格闘する。暑さゆえ開け放っていた玄関から、アシナガバチの偵察隊がするりと舞い込んだのだ。ヨシコは妊婦とは思えぬ素早さで隣の部屋へ行き、閉めたガラス戸の隙間から、「アシナガバチVSタンソクトウチャン」の行く末を楽しそうに見ている。

そのスラリと長い足に嫉妬しながら、素手では危険だと思い、素早く手に取ったものは「アナタの携帯電話、古くてもうすぐ使えませんよー」というソフトバンクからの案内。ムムム!確かにまだvodafoneなのだが、まだまだ通話もメールもできる現役なのだ。

モノは大切に使いたいものですね。

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さて、先日は西梅田でキャンドルナイトのイベントを見てきた。

そこで比良のレブール、博士さんとブンさんにお会いでき、さらに嬉しいことに、Fさんにもばったり。おっとプチかんじる比良です。創作者が「吹き出し」をイメージしたというモノを見て、子どもたちは「これはポン・デ・リングやー!」と、自由な想像を膨らませています。何だか最高です。

さらにこの大量のキャンドルの行く末をうかがってみると、ちょっと興味深いことを知りました。

そうです、モノは大切に使いたいものですね。

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再び我が家での闘争へ。

アシナガバチは我が物顔で、風呂場に言ったり、台所に行ったり。その一挙一動を監視しながら、何とか野外へと去ってもらおうと努力する。こうなれば最終手段。左手に殺虫スプレー、右手にステンレス製の火バサミとよく分からない格好になる。出来れば使いたくないのだよ、アシナガくんと念をかけると、ススーッ!と玄関から出て行った。

ほっ。

命は大切に扱いたいものですね。

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戦い疲れて、お茶でも飲もうと台所へ。

ヨシコは淹れたての茶を茶漉しでポットにうつしながら、先程まで隙間から見ていたボクのへっぴり腰具合をゲラゲラ笑う。すると、手元がくるって茶葉ごとポットに沈みゆく茶漉し。茶葉だらけのお茶を飲んで、まったり過ごす。

その後、ご飯の用意をしようと、前の八百屋にいくと、商品の豆から根がでているではないか。

おっちゃん、豆から根が出てるでー。

あれ?豆ご飯しやすいように剥いたのがあかんかったんかなぁ。
それなら、そのままモヤシにするわぁ。

さすが!命は大切に扱いたいものですね。

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風の便り

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晴れて良かったねぇ。

お腹を揺らしながら、家から歩いて万博公園までやって来たわが隊。妊婦はとにかく散歩が大切。

ヨシコリ、分かるかい?

この広場はね、アナタがお腹にいたことを知らず、ヨチュオさんとバドミントンをしたり、走り回ったところなんだよ。

少し歩くとヨシコが鼻をピクピクとさかんに動かしはじめる。よく見ると、近くにバーベキューコーナーがあって、多くの家族連れが、昼間から食欲旺盛に楽しんでいるのだ。

ヨシコリ、分かるかい?

これはね、玉ねぎが焼かれている匂いだよ。

ん!これはタレの匂い。

はぁあ、せめてお肉の匂いだけでも・・・。

そう言いながらバーベキューコーナーに引き込まれていくヨシコを何とか止める。

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青空に響く音。

やっぱり太鼓は空の下が似合うなぁ。とにかく皆、楽しそう。

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ちょっと休憩しましょう。

本来ならば国立民族学博物館で、特別展「千家十職×みんぱく」茶の湯のものづくりと世界のわざを再度、拝見する予定だったが、勘違いで入れず。八の字眉になったヨシコを木陰のベンチに連れて行く。

風が気持ちいい。

木々のざわめきの中で、ヨシコは語りだす。

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ヨシコリ、分かるかい?

この風はきっと遠くから来たんだよ。

いきものとは、息をつくるもの、風をつくるもの。

この風は誰かの最後の息で、それを誰かが受け取るの。

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ヨシコの言葉に誘われてか、風がくるくると回る。スズメが可愛いポーズをとって、何かくれませんかと目配せする。木漏れ日もキラキラ。

ヨシコリ、分かるかい?

この風の中に・・・。

ヨシコ、深呼吸。

ん!!

ヨチュオさん、これはバーベキューの残り香っ!

またまた匂いの方へ歩き出すヨシコ。その後ろをついて歩くボク。家に帰ると、昨日芽生えたばかりのコリアンダーがすっかり双葉になっていた。

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ビストロ・ヨチュオ

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ビストロ・ヨチュオへようこそ。

朝からヨシコがあまり元気がない。原因は分かっている。顔を見る限り、お腹が減っているのである。さっそく階下のパン屋さんと、前の八百屋さんに足を運んで、買出し。玄関を開けて、10秒で食材がそろうありがたさ。

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ヨシコ復活。

パン屋さんの食パンをカリッとトーストして、クリーム仕立てのマーガリンを急いでぬる。そこに半熟卵、塩、胡椒、ほんの少しのマヨネーズ、新鮮なトマトとレタスを挟み込んで、カットする。さらにソーセージをボイルし、オリーブ油で外はカリカリ、中はジューシーにソテーして、ヨシコに食べさせたなら、すぐさま顔に血の気が戻ってくる。何とまぁ、単純なことよ。

さぁ、さぁ、ビストロ・ヨチュオへようこそ。

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サランラップいらず。

あまったサラダは夕食に。何度でも使えるこのフタは便利。一昔は「消費」することで満足していたかもしれないが、最近は「消費」しないことで心豊かになる人も多いのではないだろうか。

実はモノってそんなにいらないのではないかと思ったのは、リュック担いで数週間旅をしていたとき。だってこれだけの荷物で生きていけたもの。我が家はTVもサヨウナラ。エコだ、エコだと政府はポイントつけた政策をすすめて、家電を買えと言うけれど、すでに国民はもっと違うものに価値を見出しているんじゃないかなぁ。

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カイツブリの赤ちゃんはいますかー?

先日、ヨシコが我が家の近くの蓮池を囲むフェンスに噛り付いて水鳥を探していると、紳士的な方に声をかけられたらしい。

ここにはね、3家族のカイツブリが住んでいるんだよ。

あれ?カイツブリって琵琶湖に住んでいるんじゃないんですか?

鳥は飛んでくるからね。

そんなことを言われた話を聞きながら、今日をのんびり過ごす。スピーカーからはザッハトルテのアルバム「おやつは3ユーロまで」。彼らのライブは最高。

そして冷蔵庫から冷えたキリンのラガービール(瓶)を引っ張り出して、歯が黄色くなるまで飲むからねと、微笑みかける。何たって、昨日、社長に「何故、酒を飲むのか」と聞かれ、「好きだからです!」と答えたのだから。

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コリアンダーの芽生え。

先週、撒いた種からコリアンダーの赤ちゃんが顔をのぞかせている。いわゆる香草(パクチー)なのだが、二人して大好きなのだ。気軽に売っていないのならば、育ててしまえと意気込んでいる。育てていないものは、近くでお買い物。すると帰りに雨が降ってきた。

ヨシコリ!安心するんだよ!アナタは濡れないからね!

ヨシコはそう言うけれど、今頃ヨシコリは羊水でずぶ濡れだよ。

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さぁ、再びビストロ・ヨチュオへようこそ。

日頃、ご飯をつくってもらっているありがたさをお返しとばかり、新発売のアサヒ・ザ・マスターをかたむけながら、酔いどれシェフの腕がなる。刺身でもいけるホタテを、育てているローズマリーをブチッ!、オリーブ油とともに塩をきかせてソテー。アスパラガスのマリネと、カボチャの素焼きを添えて前菜に。メインは鶏のもも肉をグリルで焼いて、キノコとアラビアータのソースでいただきましょう。もちろん自家製バジルがアクセント。

最後は春ですから、やっぱり貝です。ボンゴレ・ビアンコ。ボンゴレ(VONGOLE)はイタリア語でアサリ、ビアンコ(BIANCO)は白ですよ。あさりと白ワインでソースをつくります。ついでに白ワインも味見と称し飲みながら、茹でたてのパスタと、刻んだ大葉であっさりといただきます。

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梅と交わりたいかー!!!

ヨシコは蜂蜜にむかって吼えている。どうやら梅シロップを仕込んでるらしい。

ヨシコリーズ(ヨシコ&ヨシコリ)よ、どうだったビストロ・ヨチュオは?

うん、おいしかった。ヨシコリが、父ちゃん、明日もがんばれって言ってるよ。

あっ?そうなの?明日も?

あと、後片付けもよろしくね。ピカピカにするんだよ。

※ビストロ(フランス語)気軽に利用できる小さなレストラン。池波正太郎が言う「うまいもの屋」。

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かんじる比良(2009初夏)

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梅ちゃん大移動。

去年も5月末に梅酒をつけていたヨシコ。台所の下から2004年から毎年分のビンがゴロゴロ出てくる。

去年の梅酒はおいしかったわね。でもどんな分量で作ったか、まったく覚えてないわ。砂糖と焼酎の割合、それはその日の気分で決めるのよ!

ヨシコはせっせと仕込みだす。下のパン屋さんに、青梅仕入れてくれませんかと頼むと、翌日には仕入れてくれた。そんなありがたい気持ちとともに、今年は梅酒、蜂蜜梅ジュース、梅ジュースを作る。スピーカーからはport of notes。彼女たちのライブに行ったばかりなので、聞こえ方、感じ方がよりよくなった不思議。

ヨシコリちゃん(ヨシコとヨシノリの子なので、お腹の子をそう呼んでいる)、父ちゃんが飲んでしまわない限り、アナタも大きくなれば、生まれ年の梅酒が飲めるわよー!

そうお腹に言いながら、ヨシコは朝から大忙し。ボクは焼酎3.6L、氷砂糖1lkgを近くの店から担いで帰る。

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ヨチュオさん。

分かってますよ。呼んでるんでしょ。12時22分発のがあるから。

そう、無性に比良なのよ!

そう言うなりヨシコは着替えだし、ヨシコリ!行くわよ!と家を出る。

「かんじる比良」が豚インフルエンザの影響で中止となり、比良で懇意にさせていただいている人たちと連絡はとっていたのだが、メールよりも、電話よりも、今は顔を見ることよ!とヨシコは飛び出した。

近くの蓮池では、口ばしが赤い水鳥の雛が、ふわふわの体で蓮の葉の上をお母さんの後ろについて歩き、鵜の仲間は羽を広げて日光浴。

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来た、来た、来たー!

和邇から蓬莱を走る車窓から、緩やかな山の稜線が見えてくる。このあたりから権現山にかけて見える比良山系はやさしい表情をしていてお気に入り。それが真正面にどっしりと迫ってくると、いよいよ比良だ。水がはられた田んぼに、山と青空が映っている。冬は、そこから先、近江舞子から北小松にかけての山の姿が忘れられない。葉を落とした木々に雪が積もり、深い青空の下でキラキラしていたのだから。

比良につくと大阪から来たとあって念のため駅で手洗い、うがい、消毒をする。駅を出ると、ちょうどほっとママが車でどこかへ行こうとしているではないか。ひょっとして工房かと思い、急いで呼び止めてしまった。

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帽子をかぶったから、ぺっちゃんこ。

ほっとママは朝は良かったのよー、と綺麗にカットされた髪をなでながら笑う。比良の風は気持ちいい。そのまま、うまっこ、ひらっこ、コロッケ定食に一直線。どんな味か、ひと言で説明すると、元気になる味!これにつきます。子どもはレジでおいしかったー!と言い、湧き水も甘ーい!と喜んでいる。

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イベントは中止とは言え、比良は変わりなくここにある。ほっとママはインフルエンザでこのイベントが突然中止になったことよりも、そのショックで人の心にインフルエンザがまん延してしまうことのほうが、悲しいことなのよと、一生懸命準備されてこられた仲間の間を走りまわられます。

一方、ボクたちのように去年のマップ片手に散策を楽しまれる方もちらほら。どんなことがあっても、ゆっくりと根付いていっているのだなぁと、自分のことのように嬉しくなってしまう。

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心に余裕があるからこそ。

ほっとすていしょん比良で、ボクたちが大きな声でじゃがいもと、ローズマリーのコロッケを頼んだからか、横のおじさんも持ち帰りでコロッケ単品をご注文。注文を聞いてから揚げるので、少し時間がかかる。

店の奥のほうからパチパチ!と香ばしい音が聞こえてくるとともに、頭の上からガタン、ゴトンと電車の音。おじさんは、この電車に乗るはずだったんだけどなぁと笑う。

そのおじさんは、次の電車は何分ですか~?と聞き、確認しながらも、そんなアクシデントを怒りもせずお楽しみ。その後、ホクホクのコロッケを頬張りながら、ホームで春の比良の景色をゆっくり満喫できたのではないかと想像してしまう。

アクシデントも楽しまないと!だって次の電車は来るのですから。

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お腹の中でかんじる比良、第9回にて最終回だよ!

ヨシコはヨシコリに色々なことを教える。

比良はねぇ、人よりもカエルのほうが多いのよ。ほら、聞こえるでしょ。ゲコゲコと。そしてね、ここの田んぼのね、お米を食べてアナタは大きくなったのよ。お腹の中でかんじる比良は今日で最終回だけれど、今度はカラダでかんじる比良が始まるから、乞うご期待!

ふぅ、それにしてもお腹が大きいと、さすがに疲れるわねぇ。

まったり参りましょ。

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うぉぉー!

迷いの森はすっかり葉をつけて、涼やかな道を示してくれる。カサコソ!と音をするほうを見たヨシコは、トカゲの存在に気が付いた。どれどれトカゲを探しましょう。

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余裕のトカゲさん。

ボクが見ていると、ワキの下をせっせと掻いている。それにしても逃げないなぁ。

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迷いの森は毎月歩いているけれど、初めて見る花があった。

ほんの1週間違うだけで、まったく違う姿を見せるのだから、四季折々の比良をかんじるのも大変。それだけ奥深く、楽しいものでもあるのだ。これはウツギなのか何なのか、よく分からないので、誰か教えてくださーい。

※追記:エゴノキでした。

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来てくれてありがとう。

エツコさんと、ほっとママのひと言目がまったく同じだったことに二人して驚いた。こちらこそありがとうございますと日々言いたいぐらいであって、また「ありがとう」と言える人がいるということこそ、「有難い」ものではないだろうか。

その後、H&Mさんも合流して、初産の武勇伝で大盛り上がり!安産の秘訣を伝授されたヨシコは、終始リラックスを心がけている。会いたい人には、約束などなくとも会えてしまうこの不思議。ヨシコリも全身で感じていることでしょう。

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花は落ちても咲いている。

迷いの森の気持ちよい匂いの源は、土に落ちた白い花だった。風で飛ばされても、青い空にむかって、来る人を楽しませてくれている。今年のかんじる比良みたい。どんなことがあってもやがて土にとけて、根から吸収されて、また来年、花が咲く。

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わが隊も秋に向けて準備万端。

比良の突風にも、雪深い道にも負けない乳母車がその出番を待っています。

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バオバブの記憶

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お腹の子どもが大暴れ。

十三は第七藝術劇場で本橋成一監督の「バオバブの記憶」を見ていると、隣でヨシコが慌てている。画面いっぱいに踊る色彩豊かな服で着飾ったセネガルの人々と、スピーカーから大音量で流れるタムタムのリズムに反応したのか、お腹の子が急に踊りだしたらしい。

バオバブおじさん 教えておくれ 千年前 ぼくたちは どんな暮らししていたの?

そう歌われ、何千年と生きものを見守ってきたバオバブの木と、近代化の波との対比。映画館近くでネギ焼きを食しながら、あれこれと考える。これを書いている今でも、バオバブの木と、セネガルの家族の情景とともに、ありとあらゆる思いが繰り返し反芻されるのだ。

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北極しろくま堂でスリング講習会。

十三から三宮まで移動。このスリングは生後2週間くらいから、16キロ(約3歳)まで使えるだっこひもで、抱っこしたまま授乳もできる優れもの。来月の出産にむけてこれにて準備万端。ヨシコも何だか一安心のご様子。

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じゃじゃーん!

スリングの他にもヨシコお手製のよだれ掛け。あまった布でササッと作ったわりには見事である。

さて帰る前に、元町のお気に入りの小さなお店で一杯。新鮮な蛸の酢味噌に、ほんの少しの辛子をつける。これがまたうまいのだ。ゴーヤの冷菜もニンニクがピリリ。鰯の南蛮漬けもビールにあう。店のラジオは定額給付金の財源について異議有と吼え、カウンターの上に置かれたガラスコップの中では、ウドが芽吹いている。するとヨシコが聞いてくる。

前、このお店に来たのはいつだっけ?

確か1年も経っていないと思うも、2人とも中々思い出せず。これでは数百年を誇るバオバブの記憶どころではない。結果、無事思い出せたものだが、最近の記憶力を試そうとクイズ大会へと発展する。問題を聞き逃すまいと集中するヨシコ。どうにか打ち負かしてやろうと考えるボク。

では、最近、2人してはまってしまった鬼平犯科帳より問題です。

元々は蓑火の喜之助配下であり、本格派の盗賊の首領だったのは、大滝の五郎蔵ですが、彼の好物は?

田螺(たにし)の饅(ぬた)!!!

正解ッ!

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民芸のみの市と下鴨神社

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整理番号は29番です。

何?29番?肉?

これは幸先がいいではないか。

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叡山鉄道の木野駅の近く、民芸のみの市は日本家屋が立派な上田邸で開催された。ここには陶磁器、染織品、木工品、古民芸、雑貨が並ぶ。ヨシコがどうしても行きたいというので、早朝から足を運ぶ。近くの竹林では筍がすっかりボクの背丈を追い越していた。

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雑誌「民藝」を立ち読み。

パラパラッとめくると、バーナード・リーチのインタビューが掲載されている。もし生まれ変わるとすればどうなりたいかという質問に対し、私以外何も変わらなくてよいと即答している。人はもっと深く物事を愛し、謙虚になれば同じ環境でも世界は変わるということだろうか。

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何ともいい音がする。

京都民芸資料館では、たくさんの古時計が壁一面で時を刻んでいた。古時計は止まるし、進むし、遅くなるし、かわいいですと、主催者さんのお言葉。明治のものでもばらして、再度組み立てると動き出したとかで、我が子を見るような目で古時計を見守られます。

ちなみにこの京都民芸資料館は、滋賀県蒲生郡日野町の瀬川元次氏寄贈のもので、明治19年創建の土蔵を輸送したもの。石造りの階段が印象的でした。

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ぼろの美。

「もったいない」という精神が美として現れたのだろうか。明治、大正の布を思わず手にとって見てしまう。あちこち継ぎ接ぎされているのだが、それが元の布地と相まって、魅力的なものになっている。継がれて着物として生きた布に貧乏臭さはなく、まだまだ使えるぞと主張するその布を、ヨシコは大切にいただき、平成の世で再度、利用することにした。

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濱田庄司や河井寛次郎の作品に触れる。

いつもならケースの向こう側で鎮座するであろう陶器にも触れられるのがおもしろい。そんな高額なものから100円の陶器まで、ずらりと並ぶのみの市。ヨシコはひとめぼれした器を数点買い求める。その着眼点はヨシコらしいもので、鳥さんが描いてあるからとか、蓋がかわいいからとか単純な理由で手に取る。自分が気に入ったものを買うのが一番なのだ。

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ついでに下鴨神社まで。

叡山鉄道を降り、出町柳に戻るとそこは鯖街道の終点。鯖寿司を頬張ったなら、そこから散歩。下鴨神社のそれぞれの干支の神様にお参り。もちろんお腹の子の干支になる丑年の神様にも手を合わせる。十二単の王朝舞いを垣間見て、子どもの日ゆえに奉納される少年剣道演武、なぎなた演武があるらしく、それぞれ境内で練習されていた。

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糺の森。

樹齢数百年、山城平野の名残りの原生林。街中にポッカリと現れる森の雰囲気に心も穏やかになる。烏(からす)の縄手をのんびり散歩。烏(からす)とは下鴨神社の祭神の一つである八咫烏(やたがらす)の事を指し、縄手とは細くて長い道の事。八咫烏の伝承は熊野をはじめどこにでもあるのだなぁと、今更ながら思ってしまう。

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最後にデザートを。

美しくもられたケーキをいただきながら、大山崎の近くのカフェで雨宿り。今日買った器の話を聞いていると、その器にどのような料理を盛りつけようかと、ヨシコは今から楽しみにしている。そして小雨の中を家路につく。ほどなく雨模様の池から、水鳥の一声が聞こえる。するとお腹の子は雨粒をはらうかのごとく、ブルルンッ!と応えた。

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茶の湯のものづくりと世界のわざ

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フリーマーケット開催中。

万博公園を歩いていると、子ども服や、絵本などが所狭しと並んでいる。ベビーカーが1300円をはじめ、色とりどりの子ども服が100円、小さなクツも100円と知るも、ヨシコが今の気持ちを歌いだす。

とっても安~いけ~れど♪お腹の子、男の子~か、女の子~か分からな~い♪

性別は生まれてきてのお楽しみにしているので、ここはひとまず退散。ヨシコは香ばしいフランクフルトへと駆け出した。

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茶と美-柳宗悦・茶を想う

大阪日本民芸館は何度きても鼻がやられる。ここの空調はどうなっているのだろうかといつも思うが、今日は茶を想おう。さて展示されている鼈甲の茶杓がかわいい。江戸時代の湯釜、明治時代の唐草屏風、昭和時代の・・・。

ん?昭和時代?

自分が生まれた昭和が、すでに過去の時代区分として目の前にあると、時の流れを感じずにはいられない。

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茶ニテアレ 茶ニテナカレ

宗悦の筆で書かれたこの逆説的な掛け軸を見ていると、なるほどなるほどと考える。真を見ずして、カタチに溺れるなかれということだろうか。茶事に心を入れる人は、とにかく茶事に囚われの身となる。そんな不自由さに茶はない筈である。茶はどこまでも茶でありたいが、それは同時に茶であって茶に終わらぬもの、茶に滞らぬものがなければならないと宗悦は言う。

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茶の湯のものづくりと世界のわざ

今回も国立民族学博物館の特別展は興味深い。人々の使い込んだ道具は美しく、また強さを感じるものがある。また駒沢利斎のセレクションには、モロッコのクスクスを入れる器があり、昔、サハラ砂漠で食した味を思い出す。そのような海外の器からも感銘を受け、日本的に菓子器を製作されたあたりなど、物の見聞がいかに昇華されたかという過程が見れて、これまたおもしろいものである。

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我々のように便利な世界で生活をしていると、五感が鈍ってくる。

パプアニューギニアの笛や、メキシコの馬型の貯金箱。彼らは実によく物を観察し、そして独創的だ。彼らはアートという言葉すら知らない。生活のから生まれてきたアートは温かみがあると言うが、まさにそのとおりだなぁと感じる。

手仕事を動詞で考えるというコーナーでは、叩く、鋳こむ、捏ねる、削る、描く、塗る、組む、曲げる、張る、切る、縫うという11の動詞を利用して、千家十職の仕事と、世界の民族のわざとの比較がされ、同じ手作業なのに文化の違いでこんなにも異なる表現になるのかと驚嘆したり、これとこれはそっくりだなぁと地域を越えた共通性を見出したりと飽きることがない。

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実は昨日、友人の二人展にお邪魔していた。

グラフィックデザイナーで版画もする友人と、書家でブルースマンが紡ぎだす物づくり。今日の展示同様、手仕事から生まれるものは千差万別である。この友人は大量生産の時代は終わったと言っていた。今は機械でつくられるものがほとんどだが、手作業でしかつくられないものがたくさんある。そして手作業は人につくる喜びを与え、またその手は心につながっていて、美しく独創的なものになるのでしょう。

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ヨシコよ、普通はフォークとナイフだよ。

フォークと、フォークって食べる気が凄すぎないかい?まさに・・・。

打テヤ モロ手ヲ

ほれぼれと見守るものをいつも目前に見るがよい。両手を打って讃ふべきものを持つことが出来れば、生活は輝く。

柳宗悦の言葉より。

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武奈ヶ岳

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今からあの頂まで登ります。

ここは武奈ヶ岳、西南稜。比良山系の中でも特に雄大な景色ではないかと思う。今日は単独行。標高1000mを越えると日差しをさえぎる木々は何もなく、夏だったら大変だろうなぁと思いながら、春の稜線歩きを楽しもうと歩き出す。

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さてそれより2時間前。

京都は出町柳から坊村行きの始発バスは登山客であふれていた。臨時バスが出るほどの盛況で、一路、大原を抜け、坊村へ。車窓からは山林へと続く道端、お地蔵様が朝日で輝き、鯖街道を駆け上がるサイクラーを抜き去っていく。昭和30年代はこのバスもなく、出町柳からスキーを担いで歩いて坊村まで行く人もいたと聞いたことがある。いつもは琵琶湖から見慣れた比良の山々もまた違った表情を見せているのだ。

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平を過ぎると、そろそろ子どもが川遊び。

その後、坊村に着き、ツバメが忙しなく飛び回る中、ストレッチなどをこなし比良山荘の前を通る。おぉ、家が移動しているではないかと見物しながら、地主神社まで。

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明王谷の橋を渡る。

夏ならばここから入渓して、三ノ滝まで沢登りをする人もいるのだろう。明王院を過ぎると、御殿山への登山口が待っていた。

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何じゃこりゃぁあ!

いきなりの急登である。朝5時半起きの体には辛いものがある。アキレス腱が伸びきるほどの感触は、上高地は焼岳へと続く中の湯の登山口を思い出す。りんどう平まで、どうしてこんなしんどい思いをしてまで登るのだと自問自答したものだ。周りはすっかり新緑で、高度を上げるにつれ陽も差し、キラキラと輝いてくる。適度な水分補給をしながら、どんどん登る。

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1時間ほどの急登と耐えると、緩やかな谷へと入る。

日頃の不摂生が祟る大人とは違い、子どもたちは野を駆けめぐる鹿のごとく軽やかに走っていく。そのお父さんは冬の武奈ヶ岳をご存知のようで、この谷は冬ともなると雪に埋まり、お尻ですべって帰れる場所だと、子どもたちに教えている。そこから御殿山(1097m)へ登るとお腹がグー。そんな時には素麺でもすすりたくなるワサビ峠へと、あちこちに咲いているスミレを見ながら進んでいくのだ。

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振り返れば歩いてきた山々が連なる。

鳥谷山や蓬莱山、京都の北山まで丸見え。そして小さなケルン越えた行く先には武奈ヶ岳が見え、あと少しとばかりペースを上げる。

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坊村から2時間で武奈ヶ岳の山頂着。

360度さえぎるものがなく、琵琶湖やリトル比良の尾根、安曇川や畑の棚田、朽木が眼下に見える。最高の気分。そして標高1214mで食べるお弁当のおいしいこと。ヨシコが朝5時から作ってくれ、今日は存分に山登りを楽しんできてねと、快く送り出してくれたものだ。このおにぎり、その米は針江でつくられたものだから、そちらを向いて、ありがとうございますとばかりに食す。こりゃたまらん!

背後ではおばさまたちの会話がはずむ。

やっぱり武奈ヶ岳は70歳までしか無理よねー!

・・・十分だと思う。

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そこから一気に下山開始。

イブルキのコバ経由で八雲ヶ原へ向かうも、気になっていた望武小屋に気づかず。おかしいなぁと思いながらも、残雪を踏みしめ、沢の音、カエルの声、鳥のさえずり、気持ちよい風の中を進んでいく。冬と春が混同しているような世界。同じ日に味わおうと思えば短時間で南北に旅するか、垂直に旅すればいい。高度の差は季節の差でもある。それが山の面白さだと思う。

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そして豊かな水は登山道へあふれ出す。

琵琶湖側は花崗岩も多く、岩肌を綺麗な清水がさらさらと流れて、やがては海へと行くのだろう。登山靴を濡らしながら歩き続け、昼間の太陽の熱をやわらげてくれる清涼感に助けられる。

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比良スキー場跡。

2004年3月31日をもって営業を終了した比良登山リフトやロープウェイ、そしてこのスキー場。5年後の姿がここにある。巨大なグランドのようで、まだまだ森になりそうもない。しかしながら、いつかのニュースで、人が山上に集わなくなったことで、比良の水質が少しずつ改善され、大腸菌の検出もなく、再び飲めるようなったと聞いた。

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ちょっと危ないかも。

八雲ヶ原の湿原は油がすごい。すっかり虹色の池になっていて、どこぞのキャンパーが垂れ流したのか、何がどうなったのか確証もないが、とにかくとんでもないことになっている。またその上にかかる橋も老朽化が進んでいて、そのまま踏み抜いてしまいそう。金糞峠方面からどんどん流れ、この湿原に入ってくる水が美しいだけに、何とも情けない気持ちになる。幸い踏み抜くことなく渡りきり、そのまま北比良峠へ。

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そもそも比良における生活手段ではない登山は1916年、2名のドイツ人が北比良の人の案内を受けて堂満岳北壁の雪中登山に成功したことに始まると、「比良の父・角倉太郎」という本にある。北比良峠から見下ろす琵琶湖をみていると、彼らが見た景色というのも、さぞ美しいものであっただろうと想像してしまう。ここは琵琶湖から吹き抜ける風が気持ちいい。のんびりしていると、眼下に広がる神璽ノ滝へと抜ける急斜面のザレ場を、おじさんが滑っていった。大丈夫かなぁ?

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イワカガミが群生するする道。

北比良峠からはダケ道を下ると、シャクナゲが満開。山道の両端に咲き乱れ、いい時期に来たものだと、嬉しくなる。そこからはさすが比良。岩がゴロゴロとした道となり、浮石のようになっていた場所で捻挫しかける。踵までの登山靴は必須ですな。助かりました。また岩の上から木々が生えているのを見ると、たくましいなぁと感心してしまう。またあちこちで雪の重みでか木々が倒れ、荒れ放題。沢の音が近づいてくると、そこは大山口。

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とにかく気持ちがよい。

汗まみれの顔や足を清流で潤す。水温は極度に冷たく、凍ってしまいそう。なぜかすぐ横に小さな椅子があって、思わず座り込みのんびりしてしまう。

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ここまで来ると、知った道である。

正面谷をイン谷口まで抜けるのだが、琵琶湖が見えてほっとする。それにしてもアスファルトってどうしてこんなにも固くて、歩きにくいのか。山の柔らかな感触が恋しくなる。

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skogのご主人に見送られ、ほっとすていしょん比良へ。

ほっとすていしょん比良では、ほっとママと、ほっとパパ。ホットコーヒーをいただいていると、葦笛のホットラインさん登場。どこまでもホットのはずが、ロシア人3人来店。ほっとママは最後まで日本語で素晴らしい接客、一部、ボクが英語で通訳。急に多国籍な雰囲気に。ちなみに帰りの電車も横に外人。何で?

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ヨチュオさんお帰り。

気持ちよく送り出してくれたと思えば、何とヨシコが駅近くまで迎えに来てくれる。優しすぎるではないか。

さっそっくヨシコがお腹の子に報告。

もしもーし!ヨチュオさんが無事に帰ってきましたよー!

身重の母ちゃんを置いて、ひとり楽しく山に行くなんてちょっと恨んじゃうよねー。今日はね、父ちゃんのおごりだよ。いつもよりちょっと高いもの食べようねー!

あれ?ちょっと恨んでる?そうなの?

冗談よ。

とりあえず・・・乾杯!!

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ひこにゃんと和蝋燭

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今日も連れてこられました。

彦根城の大手門の外にある馬屋で、ヨシコは模型の馬にむかって語りかける。朝起きると快晴。寝起きの開口一番、「おいしいもの食べに行こう!」ってお腹の子が言ってるー!とヨシコの口が言うので、それならばと電車に飛び乗り彦根まで。聞くとヨシコにすれば、ちょっと遠いらしい。

車窓から見ていると草津を過ぎたころから田植えがはじまる。田園風景の中に突然現れる「分譲中」の看板は、農地が宅地へと変わることを示し、能登川あたりでは子どもたちが川遊び。まずは腹ごしらえと参りましょう。

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雑誌で甲賀のオススメを見ながらランチを。

たまたまあった「冬眠知らずのくまさん情報」をじっくり読んで、ほっこりカフェ「朴(もく)」でのんびり。食べたサラダの中には日野菜も入っていて、去年お世話になった日野のUさんも田植えをされているのかなぁと、思い出す。

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ひこにゃん、にゃん!

お腹を満たし、彦根城の天守閣まで歩くとひこにゃんにバッタリ。大人も子どもも嬉しそう。それを見たヨシコは、ひこにゃんは幸せを運ぶにゃんこなんだなぁと言う。

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内堀では白鳥が屋形船を追いかける。

その横で亀たちが甲羅干し。ゴールデンウィークだというのに静かな彦根。ゆっくりとした時間が流れるのだ。

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和蝋燭の明かりは限りなく優しい。

そう聞いてやって来ました夢京橋あかり館。数日前、「匠の国日本」という北康利さんの著書を読んでいると、彦根の和蝋燭屋・蝋喜商店四代目、古川五郎氏の写真があって、またその仕事ぶりを読んでいると、これは見に行かねばと思ったのだ。

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さっそく館内に入ってみたが、古川氏の蝋燭はない。かつて彦根では53軒もの蝋燭屋があったのも昔、今は御歳83歳の古川氏が最後の彦根ろうそく職人。その蝋燭の代わりに愛知は岡崎の松井和蝋燭工房の和蝋燭しか置いてないところをみると、風前の灯火であった彦根ろうそくがどうなってしまったのか。気になるところである。

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そして陸舟奔車(りくしゅうほんしゃ)。

これは世界で最初に発明されたペダル・クランク機構の舟形三輪自転車の復元車で、彦根藩藩士の平石久平次時光が1732年に発明したもの。1817年のカール・フォン・ドライス、1861年のピエール・ミショーの新たな発明を経て、少しずつ改良され現代の自転車になるわけである。自転車が移動手段の主力となっているボクとしては、発明してくれありがとうごさいますと頭をさげるのだ。

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ヨシコが燃料切れ。

お腹を空かせたヨシコは、源三郎の抹茶ソフトクリームを食べるなり、これはおいしい!と唸る。大正13年創業。石臼で丹精込めて挽いたやや荒めの抹茶が入ったソフトクリームは、抹茶嫌いのボクでもペロリと食べれる味だった。

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仲良しオカメ。

ずっとこの調子で、見ているだけですっかり楽しい!

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やはりヨシコが再び燃料切れ。

どこで見つけたか、ステーキ重に一直線。ちょ、ちょっと待ってくれヨシコよ。我が家の財政で高価な近江牛を食べている場合ではないのだ。すまぬ。その代わりに近くの蕎麦屋へ入る。十割そばで昼間酒。鰹の出汁とわさびの香りがたまりません。咽喉越し最高。ヨシコはつけとろろ蕎麦でご満悦。

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南部鉄器の蝋燭台に和蝋燭。

帰宅後、せっかくだからと買い求めた和蝋燭に火を灯す。櫨(はぜ)から作られた生蝋、紙のこよりと藺草(いぐさ)の芯に灯るその明かりは、やはり限りなく優しい。そしてその炎はまるで生きているように揺らめく。

江戸時代、和蝋燭は贅沢品であった。使っていたのは大名や豪商ぐらいなもので、庶民は菜種油やいわし油などを利用した行灯(あんどん)である。その行灯といえど、今で言う1~2ワットぐらいの明るさなので大抵は太陽が沈めば寝て、太陽が昇れば起きたものだろう。

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初めてのまったりし隊の旅もそうだった。

ふたりでテントを担いで日本を横断していたときは、太陽とともに生活した。数週間も続けると、体が内側から変わってきて、力がみなぎった。その経験から、それまで続けていた夜から朝方までの仕事をやめたのだ。

今夜は和蝋燭の灯りを前にふたりで話し続ける。電灯と違い、蝋燭のまわりだけが輝いて見え、あの旅のときと同じく夜空の下で焚き火を囲んでいるようだ。やがてふたりとも炎に魅せられ静かになって、ただただ伝統の技に感嘆するのです。

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筍狩りと榊祭り

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南小松、コシヒカリと書かれた米袋から、何匹もの生きたウグイが出てくる。

ここはほっとママの玄関先。来られたおばさんは家で鮒寿司を作られるそうだが、ウグイでも作るということを業者に言ったところ、それ以来、まとまったウグイが送られてくるとかで、「やっぱりフナ寿司はフナがええわなぁー!」と言いながら、ウグイはご近所にお裾分け。おしゃべりしながらもウグイを手づかみでドンドンと渡されるものだから、ほっとママのビニール袋は満杯に。

川魚は鮮度が命とすぐに包丁を入れ、目がキラキラとしたウグイはそのまま煮付けにされるのです。

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さて今日は、ほっとママに誘われて、筍(たけのこ)狩りへ。

外は狐の嫁入り。北比良の町内放送で榊祭りになったことを告げられる。それならば鍬を片手に、いざイノシシとの戦いへ。久しぶりに竹やぶへと入ると、春雨の清々しい空気と、竹の香り。幼少のころ、近くの竹やぶに野良鶏がいたことを思い出す。あの鶏はどこから逃げて来たのだろうかと思い出しながら、筍探し。さすがほっとママ。パッと見ただけで、いくつも発見。そしてボクは鍬を振って収穫するのだ。

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それにしても竹は万能だなぁ。

ざるや、かご、簾(すだれ)、箸(はし)、さらには建材にまでなり、食では筍、麻竹(マチク)の筍を乳酸発酵させたシナチクもある。ちなみに「支那(中国)の竹」でシナチクなわけだが、今やメンマと呼ばれるものだ。これまたメンマというのも、「麺」の上にのる「麻」竹でメンマとなったとあって、何とも洒落がきいているではないか。

しかし、筍大好き人間としては、焼き物、若竹煮、何よりも筍ご飯でいただきたい。

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イノシシが食べた跡。

イノシシも美味しいものを知っているのだなぁ。我々も自分たちが必要な分だけいただいて、あとはイノシシにお任せ。そして残ったいくつかは立派な竹になるのだろう。

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ゲンジロウのモリですー。

雨の中をモリさんがやって来る。ガラガラッ!とほっとママ宅の玄関を開けて、入られたときの第一声が気になって話を聞いていると、このあたりは同姓が多いらしく、何代か前のおじいさんの名前を先に言うことで、誰のモリさんになるか分かるそうな。例えばキュウザエモンの誰々のように。

そしてドマン(ドンコ)の小さいものをドマンの小さい子、ドマンチコと呼ぶ話や、昔の比良の話をたくさん聞いて、笑って飲んで、お祭り騒ぎ。

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肝心のお祭りは雨模様。

来年からもうアカン、もう年や、ヒーヒー!と言いながら神主さまが、屋根のある場所へ避難。古老の比良岡さんが、今年の豆はちと塩がたらんといいながら、豆をくれる。豆はうまいから食べるんやない。体にええから食べるんやでとのこと。ヨシコは冷えるからと、途中からほっとママ宅でお留守番。ボクはひとり、お祭りの行く末を眺めていた。

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最近の男は草食や。

掛け声をあげ、神輿を担ぐ男衆を前に、見ているおばさんたちは、在りし日の雄姿を見ているご様子。ほれほれ、もっと気張らんかいと、傘を片手に応援。晴れの舞台を男衆は、神輿を持ち上げ、声をあげ、霧雨の中を精一杯往復するのだ。

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伊吹山の方角に見えた半円の虹。

去年のお祭りに引き続き、2年連続でほっとママ御一家のお世話になる。本当に感謝。日も暮れ、カエルが鳴くから帰るけれど、雨でも呼んで迎えてくれる人がいるというのは、何とありがたいことだろう。わざわざアク抜きしていただいた筍の温かみも、リュックを通して背中まで伝わってくる。

比良駅のホームから堂満岳のほうを見ると、すっかり新緑。これから比良は田植えの季節を迎えます。

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※追記

さっそくウグイを食す。子持ちで卵はコリコリ、結構淡白な味だが、身がうまい!これはまさにほっとママの味。新鮮だからかなぁ、小骨も気にせずぺろり。筍はヨシコが煮干と昆布の出汁で煮物に。塩蔵ワカメと共にお吸い物にもしてくれて、さらには焼き筍で頬っぺたが落ちる。ヨシコの料理は絶品なので、鬼平舌つづみに掲載されているような合鴨と筍のつけ焼きとか食べてみたいなぁ。明日は筍ご飯と聞いている。有難きかな。今から楽しみなのだ。

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琵琶湖疏水

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暑過ぎる!

まだまだ4月だというのに、何でしょう、この気温。アスファルトからの照り返しがまるで夏ではないか。本日の我が隊の目的地は、京都市動物園のすぐ近く、あちらに見えます琵琶湖疏水記念館。

そもそも琵琶湖疏水は、明治時代、第3代京都府知事となった北垣国道が、京都に活力を呼び戻すため、琵琶湖からの水力で新しい工場を建て、舟で物資の行き来を盛んにしようという壮大な計画だったわけです。

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明治40年6月刊行の写真を見てみると、蹴上げのインクラインが写っています。南禅寺方面の道も、平安神宮への道も、その地形に変わりないですね。

ちなみにインクラインとは、船が上がれない急な坂を貨車を使って引っ張り上げるための線路で、大津から来た船をそのまま貨車に載せて、次の水路へと運ぶわけです。

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さて平安神宮の東神苑の池を見ると、すごい魚影です。

ヨシコは、カメの動きに夢中で、甲羅干しをしようとしている彼らが、乾いた石の上に這い上がる姿に声援を送っている。すっぽんも岩陰にかくれ、ボテジャコ、イチモンジタナゴなど、今や貴重な琵琶湖の魚が泳いでいます。

それはなぜか。

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平安神宮の池の水は明治28年からずっと琵琶湖疏水の水が入っているのですが、近年の琵琶湖におけるアオコ、赤潮の発生時にこの池にも影響があって浄化装置がつけられました。その後に、外来魚問題。

つまりこの浄化装置によって、ブルーギル、ブラックバスがこの池に入ることはなかったという偶然が重なって、今でも琵琶湖で絶滅宣言された魚が泳いでいるのです。

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ちなみに山縣有朋の別邸、無鄰菴(むりんあん)も疎水沿いにあり、琵琶湖の水が流れています。

木陰が気持ちよくて、ついついのんびり。

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琵琶湖のおかげで、こんな庭園になったんだなぁと、琵琶湖疏水の恩恵に感謝。

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恩恵といえば、その琵琶湖疏水の水力で発電。新しい工場が生まれ、路面電車も走り出し、京都は活力を取り戻しました。のちに水道と市営電車を開業。平安神宮内にある日本最古の電車も、その力で動いていたのかなぁと、ついつい見とれてしまいます。

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観光用の十石舟に乗ってみる。

すっかり葉桜になった横を、涼やかに移動する。十石舟といえば、江戸時代に伏見の酒、米、人を大坂に運ぶための輸送船。昔は琵琶湖疏水の計画をはじめ、この地において水運って非常に重要な地位を占めていたのだろう。

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それにしても、工事を終了し、はじめて水が流れてきたとき、感動しただろうなぁ。

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昔の賢人の功績に感謝です。

(ヨシコの筍の下処理にも感謝です。)

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ちなみに明治43年の琵琶湖と比良山系。

ここから京都に水が流れ出たわけですね。

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幸せのカタチ

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何という青空だ。

朝7時。土曜日出勤でゆれる車窓から恨めしそうに空を見る。車内にはリュックにストック、いかにもこれから六甲山、摩耶山、須磨アルプスあたりを登りそうな人々を乗せている。その傍らで、今日の仕事について頭を働かせていくのだ。

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午前中に仕事を終え、ヨシコと合流。

難波のアウトドアショップの店長さんと、何故かマタニティー談話。その店長さんは、渓流釣りをやられるのだが、こんな青空の日には、奈良の川上村の名も無き支流まで車を飛ばし、棹を振り、魚と会話をしに行きたいのではないかと想像してしまうのだ。

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えっ、ちょっと大きすぎません?

大阪の喧騒を避けるように、静かな我が家へ戻る。夕陽が傾き、小さな陽だまりの中で猫が毛づくろいをしている。蓮の池では、カルガモの子どもが泳ぎまわり、八百屋さんでおいしいトマトの見分け方を教えてもらい、酒屋さんで今朝、能勢で採って来たのよと言う朝採れの筍を買う。

袋の中に米ぬかを入れといたからー!

酒屋のおばさんの声を背中で聞きながら、階段をあがる。

持ち帰った筍を見たヨシコは、さっそくお腹の子に語りかける。

父ちゃんはね、買ってくるだけですよー。分かるー?アク抜きは毎年、母ちゃんなのよー。しかもね、鍋に入らないほど大きなものしか買わないのよー。もうちょっと考えたらいいのにねー。

父ちゃんは、以外と妊婦に過酷なことをさせるのよー。母ちゃん、今から筍をおいしくする作業しますのよー。

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ヨシコが筍にサクッと包丁を入れると、そこから春の匂いがする。

お~風呂、お風呂。米ぬかのお風呂へようこそ~♪

今度は筍に語りかけるヨシコ。

ボクはその声を聞きながら、すっかり茜色になった空を見る。頭の中では今朝の出来事を思い出していた。

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チッ!チッ!

そんな音に振り向くと、同僚二人が笑いながら近づいてくる。三人でビルの隙間から見える青空を見上げながら、何という青空だと言う。

こんな青空ならば、山にでも登りたいなぁ。

こんな青空ならば、晴れていると分かっているのにも関わらず、家でゴロゴロ寝たいなぁ。

こんな青空ならば、朝までDJをやっていて、アルコールでフラフラと酔っ払いながら家路につきたいものだなぁ。

三者三様の青空に対する想いが、同時に口に出たことに、つい笑ってしまう。

同じ青空でも、思いを馳せる幸せのカタチというのは違うのだ。

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能勢妙見山

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春の雪。

高台にある吉川小学校の桜が、散っていく。空一面に紙ふぶきのようにキラキラと日光を反射させて舞い降りてくるたくさんの花びらが、ゆっくりと僕たちを包み込んでいく。

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能勢電鉄、妙見口。

我が家から1時間の電車の旅。能勢電鉄は初めて乗ったのだが、やはり窓が開く車両というのはとてもいい。春の匂いいっぱいに、山々の間を走っていく。いくつかのトンネルを抜けると終点、妙見口。そこから吉川小学校の袂を過ぎ、黒川まで徒歩20分。タンポポが咲き乱れ、田んぼは収穫にむけて準備を始めている。

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ヨチュオさん、大人げなくない?

ヨシコにそう言われるも、最前列のシートに座る。後から来た小さな子どもたちが口々に、「前で見たいー!」という言葉を黙殺し、いよいよ急傾斜を登る妙見ケーブルが発進する。許せ、将来有望なる子どもたちよ。大人といえど、君達と同じ景色を見たいときがあるのだよ。

子どもたちの嬌声を背に、ケーブルカーはどんどんと登る。右も左も見事な桜。葉桜になるべく白き花びらをこれでもかと、ケーブルカーに降り注いでくるのだ。そして北側。炭を作るための山を、間伐し、管理しているとのアナウンス。かの有名な能勢の菊炭かなぁ。

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それではお昼ご飯にしましょう。

朝からヨシコがお弁当をつくってくれる。焼きたらこと氷魚の玄米オニギリに、卵焼き、エビのソテーなどなど、桜の木の下でのんびり舌鼓。標高524mから見える山々にも様々な桜が咲いていて、どこを見ても最高に気持ちよし!

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シグナス森林鉄道。

実はこの鉄道に乗りたくてやって来たのだが、休日ともあって子どもたちが長蛇の列。妙見ケーブルの最前列を占拠して申し訳なかったと思っていたので、今日は見るだけにした。ふと料金表を見ると、大人200円、子ども100円。でも、シグナス森林鉄道って中学生以上は大人料金なのだ。

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大人と子ども、その境界線はどこなのだ。

大人だって竹馬に乗りたくなることもある。きっと大人は、「大人になりたいと努力している子ども」なのだ。そして還暦になったら、何かから解放され、子どもに戻るのかも知れないなぁ。

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リフトで山頂方面へ参りましょう。

前を行くヨシコが頭をたれる。寝たのかい?と聞くと、お腹の子にお話ししているのよと返ってくる。向こうからすれ違う親子連れ。父親が後ろを振り返り、後ろのリフトに乗っているかわいい3歳ぐらいの我が子の写真を撮っている。そして子どもが僕たちの横を通るころ、父親には聞こえない声で「写真ばっかり撮らんでよろし」と言う。それを聞いたヨシコが大笑い。子どもも大人顔負けの発言をするものだ。

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ヨチュオさん、わたし妊婦だけど、危険なところに行かないよね。

もちろん行かないよ。ちゃんと考えているからね。ゆるやかな登りだし、もうすぐ行くとブナ林があるはずなんだ。

それなら行くわ。お産のためにも妊婦はしっかり歩かなきゃダメなのよ。

ところでヨチュオさん、ブナってどんな木か分かっているの?

さぁ、何となく「これブナかなぁ」でいいんじゃない。

…帰りましょ。

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ヨシコは水戸黄門の歌を歌いながら歩いている。

そしてボクを見るなり、「助さん、格さん、ついてらっしゃい!」とすっかり黄門さま気分で先を行く。

ヨシコよ、その後ろ姿はどう見ても、うっかり八兵衛だよ。

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あの人、赤ちゃんいるんじゃない?

能勢電鉄の車内で子どもたちが、ヨシコのお腹を見てささやきあっている。ヨシコがパッと見ると、シーッ!と言い合って、気づかれないようにする子どもたち。そのまま大きな声でシリトリが始まった。

ラッコ!

パンダ!

ダチョウ!

ちょっ、ちょっと待ってくれ。ラッコの次はパンダでいいのかね。

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こんな小さな旅のあとは、ビールに限る。ヨシコがワラビを炊いてくれ、たっぷりの鰹節とともにいただくと、うまい!となるわけである。何でもシンプルが一番。

ちなみに妙見口の前の食堂でもビールを飲んだわけだが、そこでは5歳ぐらいの子どもがエプロンをして大人顔負けに働いていた。家族なのかなぁ。お父さんがその子を抱きかかえると、ふにゃふにゃ~とすぐに子どもの表情に戻る。

大人も子どもも、素直な気持ちで参りましょう。

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比良の風

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ヨシコよ、前髪でも切ったのかね。

あら、ヨチュオさん。私のかわいさに気づきまして?

はい、そうですねぇ。

そう言いながら洗面器に散らばっているヨシコの髪の毛を、朝からこっそり掃除する。雲ひとつない快晴。今日は、比良のギャラリーskogさんで開催している「春色衣展」へ向かうのだ。

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比良の桜は今が満開。

そして風が吹くと、その強さからか、真横に散っていく美しさ。壮大な舞台を見ているような、ハッとする景色がここにはある。比良の風は様々なことを巻き起こすのだ。

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春にしては暖かな日差しを避けるため、木陰で一休み。

どうして「ほっとすていしょん比良」のご飯はあんな味になるのだろう。先程いただいた「里山弁当」の味を思い出しているのだろう。ヨシコはシートの上でゴロゴロしながらつぶやき始める。

水?いや、きっと手から何か出ているのよ。

おばあちゃんのオニギリがおいしいように。

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ヨチュオさん、「まったりし隊」の写真も新聞に載ったねぇ。

ヨシコはシートの上でゴロゴロしながら再びつぶやき始める。比良にある禾の人(カノト)のモリさんの田んぼにお邪魔したときの写真が掲載されるなんて、本当に嬉しいこと。しかも、モリさんは私たちに「写真家ユニット」という肩書きまで考えてくれたのよ。

そうそう、私が「写真家」だから、ヨチュオさん、アナタ、「ユニット」ね。

…ヨシコよ、そういう意味じゃないと思うよ。

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比良の上流からほとばしる農業用水。

しかも石を切り出していた比良らしく、石のアーチの下から豊かな水量がとめどなく溢れていて、ここで分水され、北比良、南比良の耕地へと流れていく。この水で育った農作物で、皆、大きくなるんだなぁと思うと、この水がとても大切なものに感じる。そして比良の風がこの分水場の上を通ることで冷やされ、のんびり僕たちが休んでいるこの木陰に、清涼たる空気を運んでくれるのだ。

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ある日の比良の風はとても強くて、駐輪場の自転車すらなぎ倒す。

そんな強風に煽られながらも、しっかりと花をさかせる土地柄なのだから、そこに住まう人も、そんな人が多いような気がしている。ボクたちもその人たちを見て、いつも元気をもらっているのです。

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ほっとすていしょん比良にひとりのおじさんが来る。

ほっとママに、今のおじさんカメラ持ってましたよ、と言うと、すぐさま走り出して、おじさんを店先でつかまえ、かんじる比良の宣伝と、フォトコンテストの説明をされています。そんなほっとママを見ていると、どんな強風にも負けずと言うよりも、その情熱こそが比良の風であって、それに乗って突き進む順風満帆たる人々であるようにも思うのです。

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ちなみにフォトコンテストは気軽に参加できますので、皆様ぜひ。

※かんじた比良フォトコンテストはコチラから

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岩茶

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「Mattari-ya(まったりや)」からの荷物の整理も一段落し、キッチンで食事が出来るように模様替え。雨の日は外出を控え、楽しく家で暮らせるようにするのだ。

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そろそろお茶にしましょう。

今日は岩茶。武夷水仙(ぶいすいせん)と武夷肉桂(ぶいにっけい)のブレンドをいただきます。武夷山の硬い岩肌に、気の遠くなるような長い時間をかけて根を張った茶の木は、岩が風化してつくる土壌から、豊富なミネラルを吸い上げて育つため、砂の土壌で育った茶葉とは違った味わいのお茶の木に育つのです。

ビル・エバンスの「ワルツ・フォー・デビー」の心地よいJAZZと、静かな雨音を聞きながら、優雅なお茶会・・・。

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アチチチチチチチチーッ!!!

蓋碗(がいわん)から茶杯に注ぐお茶の温度に堪りかね、手の皮が薄いヨシコの絶叫が響きます。熱いと分かっているのに、繰り返し注がなければならない苦行に耐え、さっそく一口。

・・・うまい。

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もちろん香りも楽しみます。

そもそも武夷肉桂の「肉桂」とは、中国語で「シナモン」のこと。そこはかとなくシナモンのような香りを感じさせることからその名前がついたそうです。

しとしとと降る春雨。軒先からこぼれる雨音。まだ少し寒さのある部屋で飲む岩茶は、身も心も温めてくれる。そしてスピーカーからは、ビル・エバンスの「マイ・ロマンス」。ゆったりとしたお茶会・・・。

ヘイッ!中国茶はどこまでも飲めるよーっ!
ストップと言うまでお湯を注ぎ続けるからねー!

どうやらヨシコはJAZZなんて聞いてない。

これぞ、ちゃんこ鍋方式だよーっ!

わんこ蕎麦だよ。

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母ちゃんってすごいなぁ。

ナショナルジオグラフィックの「世界が見たひたむきな日本人」という写真集を見ながら、あれこれ雑談。茶樹が山肌の岩に生育している岩茶のように、地に足をつけて生活する人々の姿が映っている。ヨシコもいよいよ母ちゃんになるんだよ。

それにしてもこの岩茶。

何煎目まで飲めるのだろうってぐらい、味わい深いなぁ。

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まったりや

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荷物はこれだけですか?

ヨシコのアトリエ「Mattari-ya(まったりや)」から荷物を軽トラックに積み込み、我が家へと向かう。赤帽のおじさんはとてもにこやかな人で、朝から京都、今から我が家、そして摂津から東京へと向かうとあって、繁忙期なのだ。

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わたし、昔、写真をやっていましてね。

助手席に乗るボクに、おじさんは話出す。もちろん銀塩ですが、わたしの父も写真をやっていまして、それはそれはたくさん写真を撮りました。また子どもが生まれると、一番上の子のときはすごい写真の数になってアルバムにもいっぱいなるんだけれど、次の子のときには、どうも省略しちゃうんですよ。どうしてかなぁ。写真がとっても少なくてかわいそうに。まぁ、わたしの責任なんですけどね、ワハハハハー!

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そしてヨメさまはね、とっても酒が好きなB型なんですよ。

とうとう酒米を田植えして、収穫して酒までつくってしまいまして。またO型のわたしと違って家計簿も1円単位でつけるような、しっかりとしたヨメさまなんですよ。いやぁ、O型はどうもお金に関しては杜撰(ずさん)で、ワハハハー!

そうですよねぇ、ヨシコさんもO型で、お金は全部食費になってお腹に消えていくんですよ、ワハハハー!

春の午後に、運転席で男が意気投合。仕事も早くて、素敵なおじさんは、荷物を我が家へ運んだならば、「子どもには安けりゃええってもんじゃないものを、しっかりと食べさせてくださいね」と言い残し、東京の仕事へと走っていく。

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窓から眺めていると、家の前のサクラが風になびいている。その向こうから大きなお腹をしたヨシコがゆっくりと歩いて帰ってくるのが見えた。

ヨチュオさん、今日は引越しの手伝いをしてくれてありがとう。

いやいや。それにしても「Mattari-ya(まったりや)」もとうとう閉店したね。

いいえ、なくなってないわ。

えっ?

だって、わたしがいるところが「Mattari-ya(まったりや)」なのよ!

そう言うとヨシコはイチゴを片手に大きなお腹を揺らして、ゴロリと横になる。「Mattari-ya(まったりや)」から運び込まれた荷物に囲まれて、しばしお昼寝をするのです。

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BOCCIO

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雑誌「天然生活」の表紙みたい。

南船場にあるヨシコのアトリエ「Mattari-ya(まったりや)」。その近くにあるイタリアン、BOCCIO(ボッチオ)でランチ。予約をしないと入れないような小さなレストランだが、ホールの男性が「1時15分までなら窓側のお席でお食事していただけますよ」と聞いたヨシコ。時計を見るとあと45分あると知り、

大丈夫です。わたし、食べるスピードに自信があります!

と、早食い競争に来たかのようなセリフ。

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ここBOCCIOはとてもいい雰囲気で、心穏やかになる。キョロキョロと周りを見渡しながらヨシコは言う。

わたし、雑誌「天然生活」に掲載されているようなお洒落なお家にしたかったのだけれど、無理だったわ。わたしは、どうやらザル(笊)が似合うのよ、ザルが。竹を割ったような性格だからかなぁ。はぁぁ、「ザルル」っていう雑誌がないかしら。

それって「るるぶ」じゃないよね。

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まずは前菜「市場からのお魚のソテー アスパラとマッシュルームのカルボナーラ風」。

これがびっくりするぐらい美味。カリッカリの魚の皮までが香ばしく、野菜とともに素材の味が楽しめるほど絶妙なソース。ふと見ると、ヨシコは不器用にフォークとナイフを動かしている。

ちょっと、ヨシコよ。ナイフでお魚さんが潰れそうだよ。

どうもフォークとナイフって苦手なのよねぇ。

それじゃぁ、何が得意なのかね。

手づかみかなぁ。

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パスタは大盛りでお願いします。

「豚挽き肉と青菜のフレッシュトマトスパゲッティ」をボクと同じ大盛りでいただくヨシコ。「だって二人分食べないと」と言いながら、子どもがいる大きなお腹をさすっているが、子どもがいなくても大盛りで食べただろうなぁ。

さぁ、食後のエスプレッソが口の中をスッキリしてくれたなら、今度はアトリエをスッキリさせましょう。

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これ何?

ヨシコのアトリエにある本や雑誌を整理していると、本の折り目に「ハゲ」と書かれてある。その本のタイトルは、「血液サラサラで病気が治る キレイになれる」。

あぁ、それね。ヨチュオさんがハゲてきたときに読んだのよ。

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これも処分しちゃうの?

うん、太い針でも編めなかったの。

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エッ!?これも処分しちゃうの?

うん。それはね、達人になる必要がないって気づいたからよ。

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必要なものを梱包し、明日の搬送を待つ。

ふたりで作った棚を解体し、現像用の暗幕を外し、作品でいっぱいだったアトリエが、真っ白な壁へと戻っていく。

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アトリエ「Mattari-ya」は明日で閉店。

でも大丈夫。

最初は小さなBOCCIOだったけれど、そこから大きな花が開いたのだから。そしてこのアトリエがあったからこそ出会えた人や、このビルの素敵な住人「順慶ズ」との交流は今後も続いていくのだ。

※BOCCIO=イタリア語で「つぼみ」

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春の比良と天狗さま

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人よりも鳥のほうが多いはずの比良が。

今日は、人だらけでビックリ。駅前のほっとすていしょん比良では、亀岡からの視察団を受け入れているのだ。興味深い話を聞く彼らの目の先には、ほっとママ。ボクたちも便乗してお話を伺うことにした。

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さて、それより30分ほど前。

こちらは3連休というのに、いつものようにガラガラの車内。比良に向かう湖西線は、普通電車がよい。一車両にヨシコだけなので、ついついボクはゴロリと寝転がってしまう。

突然、ヨシコが窓を見て騒いでいるので見てみると、車外の窓に小さな虫がしがみついているではないか。その虫は堅田からやってきて、猛スピードで走る電車の風圧に羽を震わせながらも、数ミリの細い足を懸命にふんばっているのである。

あっ!後ろ足が外れた!

あっ!ふんばった!

時速80kmから100kmの世界に生きるその虫に二人して声援を送る。そしてその虫は、和邇で颯爽と下車。

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もうツクシの季節です。

雲ひとつない比良の空の下で、ほっとママの話を聞く人は年配の方ばかり。外をうろうろしているおじさんに聞くと、亀岡のお百姓さんだそうで、ほっとすていしょん比良の裏に実る蜜柑を見ては、4月はお祭りの季節や。わしら若いときは、見るだけですっぱい蜜柑しかあらへんもんやったと言っては、蜜柑を触られます。

田んぼでは雲雀が白い羽をくわえて求愛中。若い蓬(よもぎ)を見たおじさんが、これは乾燥させて健康茶にすればええと笑う。その肌はツルツルで、何歳なのか分からないほどなのだ。

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ほっとすていしょん比良の中ではまだまだほっとママのお話が続きます。

ここは、比良のブランドであるお味噌を地元の人に、身近な場所で買ってもらおうと始まったこと。また、食事をしていただくことで、滞在時間の多さが交流につながっていくこと。そしてそこから地域のつながりが出来ていったこと。それは例えば、ヨシ笛コンサートや、写真展として結実したというお話。

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また昔は野菜をいっぱい作っていたそうですが、最近では諸事情で加工が多くなってきている。しかし、その素材は常に自分達で作っていること。また営業日が水・土・日と、ある意味、飲食業をやる上で効率の悪いものではあるが、そこには秘密があって、夏野菜は一週間も空くと、使えなくなる。そこで間の水曜日も営業しているということ。

へぇ。そうなんだぁ。ふん、ふん。

ボクたちも比良に通って1年以上経つが、まだまだ知らないことだらけなのだ。

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例えば、気になるのがこの石垣。

駅から国道に抜けるまでに目に付く、長い長い石垣。これなんだろうといつも思ってしまう。昔の線路跡なのかなぁ。さらには、鳥よけにしているのだろうか、マネキンの首が棒に刺さって乱立している恐ろしい畑もある。ここは、夜ともなると非常に恐ろしいスポットではないかと想像してしまう。比良には、まだまだ隠されたおもしろいことがありそうなので、さっそく今日も散歩するのだ。

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げぇっ!道がない!

比良とぴあを抜け、庄六さんのお墓に参ろうと思うも、分からず。後山・畦倉遺跡はどこにあるのかさっぱり分からない。綺麗な小川の横の森をのんびりと歩き、その西側を気にしているも、湖西道路の延長か何か知らないけど、ぶつりと森が終わって、切り取られた山肌が痛々しい。意気消沈しながら、引き帰し、天狗杉の観音堂を目指す。

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小さな森を抜けると、田畑の向こうに琵琶湖が見え、そして大きな杉とこれまた大きなツバキが現れる。観賞用のツバキの大きさに慣れていたボクにすると、この15mほどあろうかと思われるツバキの大きさにビックリしてしまう。

この天狗杉は数百年前、あるいは二千年前からあるとも言われる非常に古い木。説明を読んでいると、この杉には天狗さまが住んでおり、触ると祟りがあるとか。

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ん?比良で天狗さん?

まさかここに腰掛けるのは、比良山の次郎坊じゃないでしょうねぇ。

そう考えると、このツバキもかなり古くからありそうだ。まさか鳥山石燕の今昔画図続百鬼による、老いたツバキの木に精霊が宿り、怪木と化して人をたぶらかす、古椿の霊じゃないでしょうねぇ。

おぉ、ちょっと怖い。

観音様にお参りすると、美しい鐘の音が響く。用水路を流れる水の音を聞きながら、しばし目を閉じた。

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こら、お前は電車で天狗になっていただろう!

さっそく日本一大きな狛犬がある近江舞子の八幡さんで、狛犬に怒られる。人が乗っていないとはいえ、電車でゴロリはダメですね。ちゃんとマナーを守ります。お許しあれ。

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近江舞子の田んぼを前に、一休み。

比良の食材を味わいながら、先程の話を思い出す。家庭の味、主婦の味を日々つくっていますということ。本当に、それがおいしいのだ。だって高いお金出して、いいお肉や懐石料理もいいかも知れないけど、毎日食べれるかと聞かれれば、そうではないのだ。毎日食べれるものがおいしい。それこそ、幸せなのだ。

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亀岡のお百姓さんは言います。

田舎は土曜・日曜に来る分にはええ。綺麗やしな。せやけど食べていくのは大変や。毎月20万、30万の暮らしをするにも大変やねんで。

それでもそのお百姓さんは、終始ニコニコで、肌ツルツル。食べていくのが大変なのは街でも一緒。手に触れるもの全てにお金を払わなくてはならなくて、ツクシも生えてなければ、蓬(よもぎ)もないし、空気も水も悪い。それに気づいた人々はこの先何を選んでいくか。それは自ずと見えてくることでしょう。

あぁ、草の香りにつつまれる幸せ。オオイヌノフグリを踏まぬよう気をつけて、頭の上にはトンビ、ヒバリ、ハクセキレイ。比良の湧き水をグビグビ飲んで、陽炎にゆれる春の景色をのんびり見るのだ。

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ほっとママは言う。

比良は味噌だけが特産品ではなくて、この自然も特産品であり、集う人の輪もここの「ご馳走」なんですと。

亀岡の視察団の方が帰り際、ボクたちに近づいてきて、ぜひ亀岡にも来てくださいと声をかけてくれた。その人は、自然や特産品だけでは、人は来ないものです。やっぱりその土地に会いたい人がいるということが、一番の条件なんですと言い残し、去っていく。

それを聞いて、ボクたちもあたたかな比良の人々がいなければ、こんなにも比良に来ないだろうということに、改めて気づいたのです。

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そして近江舞子から比良への車窓。

今まで気づかなかった天狗杉が揺れている。それは目に見えぬ天狗さまが、ゴロリと座席には寝転ばず、背筋を伸ばして着席しているボクたちに、手を振っているようだった。

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梅園と中国茶

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空の下でお茶会をしましょう。

今日は青天。ヨシコをお茶に誘おうと思うも、長年の付き合いの中で、ただでヨシコを空の下に連れ出すのは難しいと知っている。

ヨシコよ、今日はお隣の万博公園は無料で入場できて、かつ屋台とかいっぱい出ているみたいだよ。

ん?屋台?行く。

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トルコのアイス、ドンドルマ。

万博公園の中の屋台に懐かしい味を見つけた。トルコのアイスは粘着性があっておいしく、よくのびるが故に、アイスを渡すときのパフォーマンスもおもしろいものがある。ヨシコは大喜び。そのよくのびる秘密は野生のラン科植物の球根を乾燥させて粉末にした「サレップ」を混ぜてアイスクリーム状にしているからなのだ。

ドンドルマは数年前、友だちと二人でトルコを旅し、アンタルヤという街で食べたのが最初。トルコの通貨リラは当時暴落しており、今は海外通貨で預金しているんだよと言うトルコ人の宿近く、地中海に夕陽が溶け込む時間に食べたっけ。そこからアルマリスへ抜け、夜空の下、マット一枚で夜を明かし、船でギリシャ領、ロードス島へ渡ったものだ。

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それでは空の下、花茶をいただきましょう。

公園を歩いていると梅園があったので、その下にMPI オールウェザーブランケットを広げる。このシートは断熱がすごくて雨上がりの野外では本当に重宝する。ヨシコは中国茶器を持参して、さっそく桃の花茶を入れてくれる。梅の花の香りとともにいただくお茶は、何とも贅沢なものだ。

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お次は春の黄金貴。

この青茶は本当に美味い。階下のパン屋さんのクッキーとともにいただくと、これまた何とも言えないのんびりとした時間が過ぎていく。茶杯の裏には「風清」の印。台湾茶器の名器、風清堂の白磁蓋碗と知る。今日は風も気持ちよい。巷では献金や汚職について云々のニュースで賑わうが、風清弊絶と行かぬものか。政治家よ、お茶を濁している場合ではないぞよ。

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綺麗な空。

梅の香りの中でのお茶会は、日本人で良かったなぁと思える瞬間でもある。四季のある国はそうあるものではない。梅園を愛でる人たちは皆にこやか。その中には、盲目のおばさんを連れた人がいて、これは白い梅の花ですよと言う。するとその盲目のおばさんは嬉しそうに鼻の近くに梅の花を手繰り寄せ、匂いを味わい喜ばれるのです。

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中国茶は何度でも。

小さなやかんと、トランギアのアルコールバーナーがあれば、何度でも湯を沸かし、中国茶を味える。最初は香り豊なお茶が、今度は旨みあるお茶へ。その変化もまた楽しいものだ。

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寝転んでいると梅の花は空を渡る。

風が運ぶ白い花びらは、ボクのお腹の上へ、帽子へと舞い降りる。ヨシコは金柑を食べながら鬼平犯科帳を読んでいる。池波正太郎の鬼平犯科帳には様々な盗賊が出てくる。簔火(みのひ)の喜之助や、血頭の丹兵衛。密偵では小房の粂八などなど。ヨシコもすっかりその気。

ヨチュオさん、わたしもそう呼ばれた時代があってねぇ。それはスケバン刑事が流行っていた時代。キョウちゃんが「ビー玉のお京」って呼ばれていたっけ。

ヨシコは何て呼ばれていたのかね。

「BB弾のおよし」だよ。BB弾が道端に転がっていた時代だよ。

それは無鉄砲な名前だねぇ。

ボクもそう言いながら、流行った空気銃はルパン好きが故にワルサーP38を愛用、そしてダイ・ハードが上映されるや、ベレッタM92Fが欲しくなったっけ。

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森の空中観察路。

ソラードは、木々を上から見ることができる。安産目指してよく歩くヨシコは、気持ちよく歩ける場所を探している。街中は排気ガスがすごくて、どうもよくない。家の裏であるこの万博公園は、木々も多く、歩くには幾分かいいのだ。

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今はツバキが満開で、その中には「祝の盃」という品種もあっておもしろい。木蓮もいよいよ咲き始めようとし、桜も芽が大きくなってきた。土の上は柔らかく、木々の根本には苔が密集し、オオイヌノフグリや、生まれたての若い雑草が風に揺れている。少し寒い風の中にも春はすでにあって、並木の梢で鳥がさえずり謳歌しているのだ。比良ではそろそろ雲雀だなぁ。

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さてそろそろ小さくとも楽しい我が家へ帰りましょう。

梅園の上を鳥が飛ぶ。この広い公園には多くの家族連れ。子どもたちは走っているだけで楽しそう。ヨシコのお腹の子は、ヨシコがドヤサー!ドヤサー!と叫ぶと、手足をバタつかせて、踊りだす。それは衝撃となってボクの手にも伝わってくる。

この子がこの公園を走る日も、もうすぐだろう。

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