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2007年11月

まったりし隊は食いしん坊

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家の近くを散歩する。階下の八百屋さんとパン屋さんに用があるのだが、少し遠回り。実を結ぶ木々には朝日がふりそそぎ、人様のものだけれど、お腹が減っているので食べたくなってしまう。前髪を少し切りすぎたヨシコと八百屋へ行くと、いつものおじさんが迎えてくれた。

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今朝とれたての白菜や、近くで採れたレンコンなど食べたい野菜をたっぷり持ってレジへ。いつもなら奥さんがされるレジを八百屋の旦那さま二人がかりであーだ、こーだと最初は300円も少なくなって、あれは何円だ?とひとりが走り、レシートは出たのか?とレジを眺める。それでもカボチャの代金が含まれていなくて、えーい、面倒だ!とカボチャをくれる。もう4人で大笑い。このような対面式の八百屋さんで買うと、スーパーにて無言で並ぶ野菜など買えなくなってしまう。野菜の見方も細かく教えてくれるし、自分の商品なのに、「えー!これこんなに高かったの?」なんて言う。仕入れもされているのに、本当におもしろいお二人なんです。そしてこんな大らかな人たちに選ばれたからか、本当においしい野菜なのです。

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パン屋さんでは、甘~いプチトマトや、生姜、そして何度食べてもおいしいパンを。おばさんが、今、クリームパンとアンパンが焼きたてですが、まだここには届いていませーん!というので大笑い。すぐ横にカマがあって焼きたての香りが漂っている。そこでクリームパンをくださいというと、おばさんが横のカマから熱々のパンを取り出してくれて、オマケに焼きたてのあんパンまでいただいてしまう。ここのパン屋さんの娘さんは、本当に元気。いつもありがとうという声を背に受けて、さっそく頬張ると何とおいしいことか。ホクホク、ふわふわのクリームパンを想像してみてください。やっぱり手作り、焼きたての味に勝るものはないのです。

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さっそくプチトマトをおやつ代わりにパクリ。急にヨシコは立ち上がり、台所でさつまいもや、大根をザクザク切り出したかと思うと、干し野菜をつくるべくお日様の元へ。前に乾燥させた柚子の皮を、湯呑に入れてお茶を注ぎ、香りと味を楽しみながら「向田邦子の手料理」という本を読み、あ~、これもおいしそう、ん?これも、おいしそうと言うのです。

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外院尾根の古き参道は勝尾寺まで続いていたのだ。

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どこにいくんだい?

勝尾寺までぶらぶらと。

それならこっちのあぜ道を抜けなさい。そうすれば自然と勝尾寺まで道は続いていくよ。

ありがとー。

どうぞ~♪

「どうも」という言葉ではなく「どうぞ」という外に開かれた言葉を使われた自転車おじいさんに導かれ、古き参道に入る。それは以前、パタゴニアのショップの兄さんにオススメされた道で、今日という晴れの日に散歩することにした。イノシシの進入を防ぐフェンスは人とケモノの境界線。いつからこのようなものが出来たが知れぬが、大切に育てた作物のためなら致し勝たぬと、里山の心を知るジジババの苦悶の印のようでもある。そこから尾根を歩き続けると、箕面栗生住宅を見下ろす山裾で、のんびり過ごすおじさんと、白髪の眉毛が立派なおじいさんに出会った。

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ここは、どこでしょうか。

ここは古参道と旧参道の別れ道で、ちょうどそこに町石があるでしょ。その右の旧参道には見晴らしのよいところが一箇所あって、一方の古参道は森に覆われた道でひとりでは寂しいかもな~と、何度も通いなれているであろう山道を教えてくれる。町石とは、1町=約109.09メートルごとに置かれた石の卒塔婆のようなもので、ここから勝尾寺まで何個もあるという。ひとつ楽しみをいただいて、ふたりなら楽しいであろう古参道に足を踏み入れる。

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日本の山のいたるところに地蔵はある。この古参道の先にも「しらみ地蔵」という大きなお地蔵さまがおられて、時を越えてそこに経っている。すでに顔は風雨で消され、それでも顔と分かるのだから、心の持ちようとはかくあるべきであろう。そして道中にいくつかある小さな地蔵さまにも、キレイな草花が飾られ、こんな山奥でも常に人々が大切にしているということが嬉しくなる。「勝手に箕面の山パトロール隊」と称してか、目に付くゴミを拾うヨシコ。そう、山に残していいのは足跡だけなのだ。

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おや、遅かったね~。

古参道と旧参道の分岐点を教えてくれたおじさんにバッタリ。どうやら旧参道を先に歩いてこられたようで、この秘密の場所で眼下の勝尾寺と紅葉を眺めている。ここからの景色が一番いいんです。そういうと、おじさんの笑顔がキラリと輝き、この寒さで赤らめたヨシコの鼻に負けぬほど、山の木々が、今、秋を謳歌しているのです。

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オセアニア大航海展とドングリ

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あっ、関野吉晴さんだ。

今日は関西文化の日ということもあって万博公園にある民俗学博物館が無料で見られるという夢のような日。しかも展示内容が、今年、周防大島から横浜まで追いかけてホクレア号も大いに関係あるオセアニア大航海展とあって、自宅から自転車で向かう。(だってすぐ裏ですから)

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中に入ると、人だらけ!さすが大阪、無料という響きに敏感なのか、紅葉を楽しみついでにおいでなさったのか、とにかく満員。それでも数々の海の資料を目の当たりにして、感動。感動。展示品もそうだが、今回はTVモニターがたくさんあって、ホクレア号をはじめ多くの動く資料がそろっていてどれも釘付け。ちょっと今日はゆっくり見れる雰囲気ではないので、再度、のんびりと満喫したいと思う。2階から階下を見ると、ダブル・カヌーのテ・キヴァ・オ・テ・ランギ(ヴァカ・カテア)の姿が見える。「大きなカヌーだねー」とヨシコに言うと、「でも海で見るととても小さいよ」と言う言葉が印象的だった。

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確かに周防大島で初めてホクレア号を見たとき、こんな小さなカヌーがハワイからやって来たのかと、海の民の力強さを感じたことを思い出す。ホクレア号が語りかける意義、言葉、そこから僕たちは多くを学び、今も学び続け、その灯火はまだまだ燻っている。そんな想いを胸に会場を出ようとしていると、懐かしい首飾りを見つけた。

それはボクが21歳のころ旅したメキシコはクリールという町でのこと。世界の旅人が共同で寝泊りするドミトリーで、ボクのベッドにいつのまにか釣り針のような首飾りがかけてあった。皆に聞くと誰のものでもないという。どうも気になるのでひょいと首にかけ、また旅をはじめた。その首飾りはその後、タイ、インド、ネパールと旅をし、大切にしていたのだが、今回の引越しの際にすっといなくなっていたのです。その首飾りに近づくと解説が書いてあり、読むとびっくり。それはマオリ族の海のお守りで旅の安全を願うもの。そのHei Matauは、旅の役目を終えてボクの元から去ったのかも知れません。

するとヨシコがクチをパクパクしている。あれ?本を買うお金が足らないのかな?と思って近づくと、ヨシコの横に関野吉晴さんがいる。1993年から10年もの歳月をかけ、人類発祥の地アフリカから祖先の拡散の足取りを辿る旅、グレートジャーニーを開始した探検家。そんな出会いにびっくり!何とヨシコは人をひきつけることか。関野さんは、とっても笑顔が優しく、小さなカラダに強靭なエネルギーを内包する方でしたよ!

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さぁ、雨が降りそうだから今日は帰ろう。さっそくヨシコはフリースの帽子をかぶり自転車を漕ぎ出す。その後姿があまりにもドングリみたいで、しかもめっぽう自転車を早くこぐものだから、「またカバンが左にずれていく」と、ボクは「しまなみ海道」の自転車旅を思い出しゲラゲラ笑う。本人は全然気づいていないようだが、さながら「そこのけ、そこのけ、ドングリさまがお通りだい!」と、わき目もふらず家路を急ぐのです。

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かんじる比良は・・・。

Kanchan

手のひら触れあう比良でしたよ。

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愛しい人よ

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いかないで。

Mimi2

どこにもいきませんよ。

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かんじる比良

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ここはどこでしょうか?

写真のお仕事で比良を訪れているのだが、雑誌編集者のFさんの道案内で現場に向かう。この道が近道なんですよ♪と比良駅から武奈ガ岳の方向に歩き出す。秋の日差し柔らかく、雲間から太陽がのぞいたり隠れたりする。また山の高さを考えると、日没は早そうだ。それまでに写真を撮りたいのだろう、ヨシコの足も軽快だ。

ここはどこでしょうか?

編集者のFさんが尋ねる。さぁ、ここはどこでしょうか。僕たちも笑って答える。どうやら道を間違えたようで、急がば回れ。のんびりと木々の間を、田んぼのわき道を散策する。しだいに雲行きが危うくなるとFさんはさらに落ち込んでいくようで、ボクは雨男なんですよね~っなんて言う始末。大丈夫ですよ、とヨシコ。そうですよね、ボクの父も道は必ずつながっているって言ってましたから。おぉ、それは名言ですね。でも、たまに行き止まりなんですよね~。Fさ~ん、落ち込まないで、楽しみましょ。

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ここはどこでしょうか。

琵琶湖と比良山系に囲まれた場所にスウェーデン語で森を意味するギャラリーskogはあった。あいにくの曇り空のため、数分の太陽の光の中をヨシコは駆け巡る。写真のお仕事に一生懸命なのだ。ギャラリーの概観、内装、作品など目に付き、こころ動くままにシャッターを切る。ボクはのんびり2階のまどから単眼鏡をおかりして、琵琶湖に浮かぶヨットを眺めるのだ。

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ギャラリーのオーナー夫妻はとても明るい方で、とてもおいしい珈琲をいただいてしまいました。武奈ガ岳に登攀後は、このギャラリーの2階スペースで山からとはまた違う風景を楽しみながら、この珈琲をいただきたいなぁと秘かに思う。そしてこの2階のスペースからは、志賀バイパスを走る車、比良駅を発着する電車、琵琶湖をすべる船など動的なものが見える。それが見えると見えないでは静かな生活に与える影響は随分違うようで、寂しさや怖さが不思議とわかないそうです。それはひとり過ごす山の中であっても、どこか人とつながっていることを確認できるものだからだろう。

Hira4

ここはどこでしょうか?

その問いの答えは、人も場所も同じで、己とは違う対象物があってはじめて、ボクはここにいると思える。つながりの中でこそ「個」が認識されていくのです。

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