« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »

2008年1月

マルカ小型湯たんぽ

Yutanpo

ハヤシヨシコ写真のお仕事。パンフレットにもなりましたが、さらに詳しい内容をご連絡いただきました。以下、お世話になった方による紹介です。

マルカ小型湯たんぽ。

女性でもカンタンに持ち運べる手のひら大サイズ。
色もカタチも可愛らしい湯たんぽです。

湯たんぽカバー付。色も湯たんぽに合わせたフリースです。布団のなかで使うというよりも、冷え性などでお困りの女性の方が オフィスでひざの上、腰にそっと置いていただければと 思っていますので、そういう意味では一年中使える湯たんぽです。

段ボールを使ったパッケージも可愛くデザインしました。女性の方にオフィスなどで使って欲しいという願いから、やさしいロゴデザインを作成しました。これからの季節、友人へのプレゼントにもぜひどうぞ。

現在の購入において


○メイドイン尼崎サイト

http://www.madeinamagasaki.com/yutampo/kogata.html
メイドイン尼崎店内でもまもなく購入可能。

○ソシアルラボ
http://www.social-labo.co.jp/makerbrand/post_11.html#more
ソシアルラボ店内でも購入可能。

Yutanpo2

皆さま、ぜひ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

イエヒト

Haibara1

ヨシコの写真のお仕事でついていき、あるお宅にお邪魔し、製材所の人と大工の棟梁、設計士さんとお話する機会を得た。家というものについて、かなり奥深く教えていただき、また誰しも温かな人柄でありながら、かつそれぞれの仕事に誇りを持っているのだ。

設計士さんのお話だと、例えば床暖房。それを可能にするのは死んだ木、床だという。何故かと言うと、生きている木は温度によって伸び縮みするのだから、床暖房をするととんでもないことになるという。設計士としては先々を考え、生きている木を使いたいという想いが強く、また床暖房を入れなくても暖かくなる設計はあるのです。さらに無垢材を使いたい理由として、生きている木を使うと年月とともに色が変わっていく楽しみがあること。それはあたかも住んでいる人とともに歳をとるような気配があって、それはまた家も人と同じく呼吸しているという、素敵なことなのです。

また製材所の人にお話を伺うと、今度は焼き杉について教えていただきました。この家の外壁を覆う焼き杉はバーナーで炙るような既製品ではなく、本当に木材を燃やし、自然の炎で焼かれた杉を使っています。それを作るときも、皆でバーベキューをしながら、のんびりとかつ楽しく家を作られたそうです。またその方は木材を本当に愛しておられ、ひたすら木材の話を教えてくれる。

例えば、寒時期伐採について。寒い時期になると木は自然と水分を根に下ろすそうです。幹に水分があると寒気で凍結し、ひび割れるそうで、自然の摂理として、そういうことが営まれるそうです。その時、木は栄養素も含め、濃い木、締まった木となり木材としては最高のものとなるのです。それをこの地域では寒切りというそうですが、それは数値的なデータの積み重ねではなく、山で仕事をしている人々の経験と、言い伝えに基づいているということに驚きました。

Haibara2

そして大工の棟梁と、製材所のおじさんは外壁の焼き杉を見て、あぁ、本当にいい色になってきたなぁと、目を細めておられます。また床材の木目についても、色々と教えてくださり、この木目は木が自分を守ろうとしてできた木目であるとか、木が製材されても、本物というものはいつまでも生き続けるということ、また、燻製すると虫もつかない建材として使えるということを学ぶ。

燻製するとどうして虫がつかないということを、人は知ったのですかとたずねると、棟梁は優しい目をしながら、昔の人はね、土間にかまどや、家に囲炉裏があって、家の木材は自然と燻されていたんですよと教えてくれる。また木というのはとてもエネルギーがあって、東大寺の瓦をはずした時、それを支えていた木材が、はずす前よりも70cmも伸びたという。

あれもこれも質問しながら、大笑いの連続。家を建てるときのコツなど、それはそれは多くのことを教えていただき、また楽しい時間を共有できました。知識と経験というものは、代を重ねるごとに豪壮となっていくということを実感。また家というものは、それぞれの時代の生活や文化の縮尺図のようなものだということを知るのです。

そして今は勝ち組、負け組みを称し、資産で人の人格まで計るような世界において、そのような尺度をものともせず、信念を持ってオープンシステムという仕事に取り組む人々に出会えたことに、喜びを感じるとともに、雑誌イエヒトの編集長の言葉として、これからの時代は「環境」を考えること、そしてその次に人を利益を生み出す手段とはしない「人道」を考える時代を迎えなければならないということ力説され、僕たちも心から賛同し、そうあるべく生きていきたいと願う者なのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ハレのかたち

Hare1

国立民族学博物館の「研究者と話そう」という企画。今日は笹原亮二准教授のお話で、「ハレのかたち~日本の文化展示から」というものでした。晴れの舞台などという、あの「ハレ」なんです。

その「ハレ」が非日常とすれば、日常は「ケ」というそうです。時(ハレ)と時(ハレ)の間(ケ)、それが時間ということではないかという先生もおられます。

今日学んだことは数多くあるのだけれど、おもしろかったのはキリスト教などでは悪は絶対的に悪だけれど、日本の人々は悪を「ハレ」の舞台、儀礼を行うことで「よい方向」へ持っていくということ。

たとえば、菅原道真。不遇、大宰府で没し、その後、京に異変が相次いだことで、これは祟りだと恐れた人々はその怨霊を、天神さま、さらには学問の神様としてまで「よい方向」に持っていく。

また祭りでは、日本の神さまは神輿に座し、その周りを太鼓や山車がはやす。すると神さまが元気になって地域を守ってくれる。そしてその効力がなくなりそうだと思われる1年後、また「ハレ」の日、祭りがやってくる。それは時代とともに、神さまが降りてきてくださるよう、風流(ふりゅう)に、華美になっていく。日本の美というのは、「わび・さび」の美だけではないのですね。

(また「ケ」を「気」で考えると分かりやすい。ケの生活の中で生じるケガレ(気枯れ)を「ハレ」の行事をもってはらい、元の「ケ」、元気に戻すのだと「文明としてのツーリズム」という本には書かれている。)

Hare2

このように国立民族学博物館は、ボクたちにとってのTSUTAYAだ。映像でも資料をたくさん見れるし、今日は高槻、塚脇地区の寒天づくり(これは非常におもしろかった!)と、津和野のサギ舞について。

さぁ、それではそろそろ小腹も減りましたし帰りましょうか。

あれ?

ひょっとして雨が降っている?

Hare3_3

天神さま、どうか晴れにしてくださいませ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

春を待つ声がする近江八幡

近江八幡で自転車をこいでいると、ひとりのおばあさんに声をかけられた。

Oumi1

同じ自転車を買ったのかい?え?借りたのかい。そうか、そうか。私はてっきり仲良くお揃いにしたのかと思ったわ。ふんふん。今日の天気はましやな。一昨日は雪が降っとったけども、積もらんかったなー。畑のほうは積もったけどな。ようこんな田舎に来なさったな。大阪?また遠いところから。

昔はな、このあたりはそれはもう活気があって、番頭さんたちが朝から掃除していたけれど、今はもう観光用に留守番の人だけや。私はもうここに70年住んでいるけれど、よくなったのは道だけ。若い人はもういないし、せえだい、お金を落としていってや。そうすればこの町の人は生きていける。

Oumi2

あら、麩の最中(もなか)はここだけよ。ちょっとゆっくりしていったら?この麩のカラシ和えは遠くの方からもみえるから、カラシをあまり入れていないの。地元ではもっとカラシ辛いのよ。麩の最中もおいしいでしょ?あら、両方買ってくれるの。ありがとう。えっ?おばちゃんが忙しそうですって?違うわよ。お客さんが忙しいから、おばちゃんが忙しいのよ。あら、そこの皆さんもここでゆっくりして行かれたら?あら、時間がないですって?それは残念ね。ゆっくりして行けばいいのに。

Oumi3

今日は年に一度あるかないかのいい天気。ぜひ、上のほうまでお散歩ください。そうロープウェイのおじさんに声をかけられ登ってみると、北西には比良山系が、南に市街地、東に「西の湖」が見える。偶然にも雪が残っていて、キュッキュという音が気持ちがいい。風が雄たけびをあげて、空には悠々と飛ぶトンビ。何本ものびる飛行機雲は、白銀の翼を休める場所を指し示す。飛行機だって飛び続けられないのだ。

Oumi4

チドリの仲間、タゲリがネコのような声をたてて飛び去ったかと思うと、藪の方からネコの苦しそうな声がする。どこかに挟まってしまったかと自転車をとめて急いで駆けつけると、そこには温かな藪に守られたお腹の大きなネコがいる。陣痛だろうか。苦しげな声の間隔が短くなっていく。お腹のわが子は苦しくとも待ってくれない。春はもうそこまできているのだ。

そしてもうひとつすぐそこまで来ていたのが車。慌てていたからか、車道に自転車をそのまま放置していたので、すぐさま自転車まで走りだす。でもなぜかゲラゲラと笑いながら。

Oumi6

それにしてもこの飛行機雲の多さななんだろう。みんなそんなに慌ててどこに行くのだろうか。西の湖では春を待てずにサクラが咲き始め、オオイヌノフグリの花も寒風の中そよいでいる。そう。慌てている気配がそこかしこでするのです。

Oumi5

もちろん誰しもゆっくりしたいけれど、出来ない理由がある。ボクたちは、それが「何故か」を考えることから始めることにしよう。清酒、湖東富貴(コトブキ)をかたむけながら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

考える胃袋

国立民族学博物館名誉教授の石毛直道さんと、フォトジャーナリストの森枝卓士さんの対談である「考える胃袋~食文化探検紀行」。読んでみると非常におもしろい。魚醤と米VSミルクと小麦の食文化の考察や、共感を覚えた「旅が食を、食が旅を」の章。とにかく旅が好きで、食べることが好きな人ならば、こんな人になりたいと思えるだろう。

またインターミッションと称し、お酒を飲みながらの対談もあって、もちろん話題もお酒なのだ。どこに行ってもお酒を求めてしまうボクも納得の内容。そこで今まで飲んだお酒で一番おいしかったお酒は何かと考えてみると、やはりネパールとインドの国境で飲んだビールであろう。

数年前、インドの映画館で風邪をうつされ、見事に病気になったボクは、インドを脱出すべく陸路で単身ネパールへと向かう。インドはヒンズー教国ゆえに、お酒はタブー。聖典リグ・ヴェーダには”酒は早老を招くもの”とあり、あまりよろしくないのです。(もちろん過去に幾度か訪れたイスラム教国は禁酒。悶絶。)さぁ、目をつぶって想像してください。そうです。無類のお酒好きがお酒を断っていたところに、何週間ぶりかに流しこむビールの味。あぁ、これこそが、過去まれに見る甘美な酒の味となったのです。(その日は標高も高く、極寒の夜を過ごしましたが・・・。)

また良き思い出としては、ネパールのシェルパの一家にお世話になっていたときに毎晩嗜んだチャン。どぶろくのようなその酒は、癖になる。メキシコではお酒で大失敗したし、トルコのラキでぶっ飛び、鹿児島では見知らぬ占い師と芋焼酎で撃沈。起きたら駅前のバス亭だった楽しき思い出。

さぁ、今日も適度なお酒を嗜もうと、越乃寒梅の一升瓶をかたむける。だって開栓後はお早めにお飲みくださいと書いてあるものだから、早く飲まないと!とあせってしまうのだ。しかし、「はい!居酒屋ヨシコは今日は閉店でーす♪」と、ヨシコに言われて早期終了。お酒は飲んでも飲まれるな。今日もご機嫌で明日の旅に備えるのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

継続は力なり

Neco1

飼いネコでも狩るときは狩る!

近くの枯れ果て春を待つハスの池に、渡り鳥(ダイサギかなぁ?)が来ているのだが、その近辺のネコが鳥を狙っているのを目撃。楽しくなる。そのネコは首輪をしていたので飼いネコだとは思うが、今にも池に突入しそうで、それは本能のなせる業なのであろうとヨシコと見つめる。ネコはブンブンと尻尾をふって飛び掛ろうとするも、スルリとサギは飛んでいく。

Neco2

それからあまりお金もないのに買い物に行くという無謀な計画をたて、目的のByer(バイヤー)パラシュートトラベラーハンモックも売り切れてなく、やはり人ごみに精力を吸われフラフラと帰宅。ハンモックでのんびりするというだけの旅をしようとしていただけにショックをうける。

今日は久しぶりにボクがキッチンに立つということで、以前の仕事の腕を生かしイタリアンのコース料理をつくる。でもやっぱりダメですね。毎日料理をつくってくれているヨシコさんにはすでにかないません。継続は力なり。塩加減の感性もすでになく、この調子ではドラムの腕前も、もはや過去のものなのでしょう。

むむむ!

ここらで一発奮起するのだ!そうだ!家ネコも狩る時は狩るのだ!

| | コメント (3) | トラックバック (0)

京都府立植物園とアイヌ宣言

Kyoto1

もう帰る。

えっ!!もう帰るの?

ヨシコは飢えと寒さに弱い人。今日の京都は雪まじりの小雨が降る。そういう時に限って雨具を忘れたものだから、いくら京都府立植物園に来ているとはいえ、楽しさ半減なのだろう。来たばかりだというのに、腹ペコのため早々に敗北宣言である。

Kyoto2

それにしても植物園は勉強になる。正直、木々が陳列されているようで楽しくはないが、どの木がどんな名前で、また実際に触れることができるから、山を歩いたときに、これはアブラチャンだ!など、身近に感じることになるだろう。

例えば大きなニレ科のエノキ。昔、一里ごとに植えられ、旅人の休息のための茶屋などがあったという。そんな森をメジロやシジュウカラが鳴く。メジロは大抵、つがいで過ごす。目の周りが白いからメジロであるが、巣立った雛は数羽が押し合うようにして枝にならぶ。そこから目白押しという言葉が生まれたそうだ。逆にメグロという鳥がいるのだが、今は母島にしかいない固有種となってしまった。

Kyoto3

今日もヨシコは花より団子。おいしそうに食べるのがとてもいい。寒い日には温かな食事で楽しもう。帰宅後、「僕たちのアイヌ宣言~自分と民族のはざまで~」という番組を見る。アイヌについては本であったり、国立民族学博物館で少しは学んだりしていたので、素直に見ることができたが、アイヌという民族を考える時、ボクは彼らに対峙する和人という立場になるのだろう。しかし、考えてみると足元が揺らいでいるのはどちらだろうか。誰か答えることができますか?

日本人とはかくある者であるということを。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

映画「アース」

Earth

映画「アース」を字幕版で見たくて梅田のレイトショーへ。オシドリの雛が高い木の上の巣から無傷で飛び降りるシーンや、カタカケフウチョウの求愛ダンスなど、クスクス笑える姿を織り交ぜながら、このままでは2030年に絶滅するであろうホッキョクグマからはじまり、ヒマラヤを越えるアネハヅルの群れ、ザトウクジラやゾウの移動、そして弱肉強食という生と死の世界。いくつもの絶妙なバランスによって保たれるこの世界は、地球は人間だけのものではないという当たり前のことを、美しい映像によって教えてくれる。

そして観に来ていた年齢層のほとんどが30代の若者。この事がすごく印象的で、これからの世界を変える原動力のベクトルは、次世代のことも考える人々によってゆだねられるべきだ。そして、帰りにヨシコと今度は吹き替え版を見に行こうということになる。そこには子どもも多く観にきているだろうという予感と、彼らとその時間を共有してみたいからだ。

ただ、この映画で少し残念なことは、子どもに配慮してか、食うか食われるか、捕獲し、生命を奪い、また違う生命が育くまれる最後のシーンが抽象的、もしくはカットされてしまっているということ。(BBCの放送では撮影されていたのですが。)それをやれ「子どもには残酷だ」などと言って当の大人もその事実をあまり受け止められずに、どうして生命のありがたさ、食のありがたさを子どもに教えることが出来るのだろうか。

今日も帰りの路上には飲食店から出る残飯があふれ、煌々と光るビルのライトが眩しい。このような人間の生活を維持するために、ホッキョクグマがあと22年後に姿を消すことを思うと、胸が痛くなるのです。かの星の王子さまを書いたサン=テグジュペリは、「この星は未来の子どもたちから借りているもの」と書いた。今、ボクもそれを思わずにいられない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ガムランのリズムを体験しよう

国立民族学博物館で「研究者と話そう」という企画がある。今日は福岡正太准教授のお話。民族音楽学ということで、さっそく参加。これが本当におもしろいのだ。

Minpaku1

ガムラン(gamelan) はジャワの楽器の総称で、いわゆるオーケストラのようなもの。グンデル・バルンなどそれぞれの楽器は主に青銅で出来ているそうです。西洋音楽に慣れ親しんだ私たちにとって、1、2、3、4とアタマで捉えるリズム感が浸透しているが、ガムランはその逆でお尻でとらえる。日本語で言うところのヨイショ、ヨイショの感じ。またジャワ語の数え方も、サートゥ(sa-tu)、ドゥーア(du-a)、ティーガ(ti-ga)、ンーバ(empat)と、お尻にアクセントがあって、ガムランのリズムにぴったりなのである。これを皆で手拍子を交えてやるのですが、伸び縮みするリズムの体験など、小1時間ほど夢中になりました。

Minpaku2

1975年、ミクロネシア・カロリン諸島のサタワル島から沖縄海洋博覧会場まで洋上を航海してきたチェチェメニ号。これを見ているとまたホクレア号を思い出してしまう。わが家の裏が民族学博物館という地の利を生かし、色々と学ぼう。そう決意して万博公園の年間パス(自然公園に入園無料ですし、博物館も割り引かれるのです)を二人して買った。そのパスには本人確認のための写真を撮影、貼られるのですが、それぞれ出来たパスを見て笑ってしまう。

Minpaku3

ちょっと最近、顔が似すぎじゃないかい?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アメとムチの太閤道

ちょっと、アナタたち、どこに行かれるの?

JR高槻駅の市営バス乗り場でおばさんに声をかけられた。

Taikou1

磐手橋?そうじゃなくてアナタたち山の格好でしょ?どの道を行かれるってことよ。そう、太閤道。若くていいわねー。おばさんも若い頃、50代の頃よ、よく歩いたわー。途中、淀川、木津川、宇治川、桂川がとてもよく見えるところが2箇所ほどあるのよ。

Taikou5

登った先にある金竜寺ってご存知?あら、知っていたのね。そう、今は焼けてしまってもうないのだけれど、なぜあそこにお寺があったかご存知?あそこはね、大阪城から見ると鬼門なの。だから建てられたのだけれど、2度も焼けてしまってはね、再建はされないでしょうね。私が若い頃は住職さんがおられて、いつもおいしいお茶をいれてくれたことを、今でも覚えているわ。

Taikou2

わたしは若いころ、山という山を歩いたわ。富士山も2度登ったしね。河口湖からも登ったのよ。富士山で初めてご来光を見たの。雲海から太陽が錐揉み状にあがってきたとき、わたしは元々アタマが空っぽだけど、本当にアタマが空っぽ。涙がポロポロと出たわ。その時思ったの。山岳信仰って本当にあるんだってこと。

Taikou3

最近はもう登らないの。登るとあとが辛くて。今はこの山裾の墓参りが楽しみ。せやからって家にいると36才にもなるムスメと毎日ケンカしてしまうねん。おばちゃんって無口やろ?それでもケンカになるねん。あの子はカラダは動かへんのに本当に口は達者で、誰に似たんやろ。え?わたし?アナタ、もうすぐ山道で別れるからって、適当なこと言うて(笑)でも、あの子にはムチが足らんのかなー。

Taikou4

大峰山ってご存知?奈良のあの山域は女人禁制なの。西ののぞきと言って、成人になる男の子をロープでくくって、崖からたらすわけ。そして上から「親孝行するかー!」と聞くもんだから、「ハイ!します!」って答えるの。そりゃ、誰だってするって言うわよね。そう言わないと上にあげてもらわれへんから。今じゃ、暴力反対って言われるのかしら。うふふ。

Taikou6

あ、せや。アメ持って行き。ほら、手をだして。あっ、落ちた。いっぱい、いっぱい持っていくんやで。そこの会社の横から山道は始まるから。ちゃうちゃう、そう、そっち、そっち。私はこっちやから。くれぐれも気をつけていってらっしゃいね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

凧揚げ

Ibaraki23

家の真裏にある万博公園で凧があがる。芝生の上で帽子を丸めて即席の野球やバレーボールに興じて、冬のお昼を満喫するのだ。大好きな国立民族学博物館は休館なので園内をのんびり歩く。すると、小さな子どもがサッカーボールを蹴っているのだが、遠くボクのほうまで転がってきた。そこで蹴り返してあげると、その子にまっすぐ転がらず、横の母親の元へと転がっていく。その子は母親の元は駆け寄り、耳打ちながら、お母さん、内緒やで、あの人とても蹴るのが下手、と言う。それが風にのって聴こえてきたので思わず笑ってしまった。

Ibaraki24

そんな楽しき万博公園の西側は森になっていて、ビオトープなど人工的な自然が広がるものの、樹木や野鳥の解説など、楽しめる要素も多分にある。高いところが苦手な人もへっぴり腰で何とかのぞける高台からは、自然観察学習館から歩いてきたプチ・キャノピーウォーク、ソラードが見渡せます。あぁ、早くボルネオのキャノピーウォークに行きたいと思える景色。北に箕面・茨木の山々、そしてカラスがお家に帰る途中。

Ibaraki25

木々の間から綿毛が舞い降りる。種子をつけた旅人は、危うく水面に降りそうになったので、ヨシコが急いで空中キャッチ。そのまま土へとそっと帰す。春になれは芽吹くでしょうか。冬山装備を持たない我が隊も、この寒き季節が終わって、うららかな春までじっと待っているのです。

Ibaraki26_2

※森で恐怖人面樹皮を発見しましたよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

あわてない、あわてない。

Ibaraki22

ハトさんも横断歩道を歩いて渡るのですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

書初め

本当は1月2日に行う書初めだが、わが家では一足お先に行った。年が明けて初めて毛筆で書や絵をかく行事。心静にヨシコが書いたものは・・・。

Ibaraki18_2

渋すぎるー!!

これは昨日の山崎聖天で引いたおみくじの絵ではないか。あまりの出来のよさに今年も良いことがあろうと大笑い。おみくじには「調子づいて油断してはならない」と書かれてあるのに、お調子もののヨシコは、さらにもう一筆。

Ibaraki19

これまた渋すぎるー!!

今度はボクが引いたおみくじの絵ではないか。「旅立大いによし」の部分を表現しているようだが、前の人物がボクで、後ろの人物がヨシコらしい。なるほどよくよく特徴を捉えているではないか。しかもリュックに「GLEGORY」と書かれてあるではないか!(正しくは「GREGORY」)すばらしい!!

でもヨシコよ。そもそも年賀状にオリジナリティを出そうと、墨で原案を書こうという趣旨もあったはずだが。

あっそうでした。とヨシコが、達筆をふるう。

明けましておめでとう・・・。

この時点で紙の余白がない。後残りの余白にどのように「ございます」と書ききるのか楽しみにしていると・・・。

明けましておめでとうござる

ハイッ!!男らしい!!

ヨシコよ、余白の使い方を分かってらっしゃる上に、ちょんまげを書いた名残りが文字に溢れている。すばらしい!でもちゃんと書こうよ。年始の挨拶ですよ。

そうですね。最後にヨシコは達筆をふるう。

Ibaraki20

アンタ、本当に怒られるよ。

※どうぞ皆さま。今年もよろしくお願い申し上げます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »