« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008年12月

大晦日

Syougatsu1

ちょっとテレビを見すぎでないかい?

寒ブリの刺身と日本酒をかたむけながらいよいよ2008年に別れを告げようとしている。普段、テレビを見ない我が隊も珍しく画面に釘付け。するとコンコンッと扉を叩く音がする。何と階下のパン屋さんが、つきたてのお餅をおすそ分けしてくれたのです。おいしーいっ!

Syougatsu2

ちょっとキムチを見すぎでないかい?

朝からタイの昆布締めを仕込んたヨシコは、お昼にモスバーガーを食べたいと駄々をこねる。どうも国産肉100%のとびきりハンバーグサンドが目当てらしい。はぁあ、テレビのCMの影響って恐ろしいなぁと思いながら連れた帰り道。今度はキムチにロック・オン。ヨシコの嗅覚が全開である。片言のおばさんが、これは韓国仕込、おいしくなければ持って来い!と啖呵を切る。それならばと持ち帰ると、おいしいこと、おいしいこと。キリンラガーと明太子とともに、至福のひとときを過ごすのだ。

Syougatsu3

夜、すき焼きを平らげたなら、除夜の鐘とともに初詣。去年はあれほど冷たい風の中、山崎の聖天さんに詣でたものだが、今年はあたたかい。聖天さん、歓喜天は像の頭をした夫婦仲良し、子授けの神様。今年も心をこめてお参りする。そして恒例のおみくじを引くと二人とも「大吉」。そして2年連続、ヨシコのおみくじには「アナタは調子にのるとダメですよ」の文字。

Syougatsu4

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

幼馴染

Matsui1

久しぶりー!

年に2度ある幼馴染との飲み会。これほど楽しいことはない。中学生からの付き合いある二人の友も、すでに2児のパパ。ヨシコもすでに知り合いであり、幼稚園の話しや、子育ての話しで盛り上がる。この大不況の中、力強く子育てに奔走する若き父の姿を、ビールとともに垣間見るのである。

Matsui2

そもそもの出会いは奈良の小さな塾。机の下がガムだらけという無法地帯の学び舎での友である。互いの武勇伝に事欠かない個性的な集まりは、酔いとともに最高潮となる。過去の記憶と酔いとの戦い、そして今後についての積極的な展望。まさに忘年会にふさわしい時間が過ぎていく。

Matsui3

どんなに離れていても変わらない。それが幼馴染。小さな過去の断片的なカケラが、話しの中で結び合わさったとき、その気持ちは10数年前に飛び込んでいく。記憶が新たな記憶となって修正されることもあれば、以外な結末を迎えることもある。過去の事象は変わらないけれど、その後の付き合いでどんどん意味合いを変えていく。互いの裸を知っているつながりは、今後も続いていくことだろう。そんな友がいることこそ、幸せではないか。大切なもの。それはすべて「つながり」ではないかと思うのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

口福

Koucha1

ふぅ。落ち着くなぁ。

仕事納めの後、ふたりで紅茶をいただく。それは四川紅茶。ヨシコが学んでいる中国茶の先生からいただいた紅茶なのだが、最高に美味しいのである。ふたりしてお茶を飲む時間を過ごすというのが、好き。そこには言葉はいらないのだ。ふふふ、と笑うだけで満ち足りる、のんびりとした時間。

Koucha2

中国の正月、つまり旧正月にむけて、ボクたちが年末大掃除をするように、竃(かまど)の掃除から始めるそうな。ヨシコは中国茶とともにそのような風習を何年も勉強している。その知識を飲みながら話してくれるとあって、ボクはこの時間が好きなのだ。

それによると中国では年末に竃(かまど)の掃除する日から正月まで、火の神様は天に帰るとか。そのとき、人々は竃に飴(あめ)を供える。すると火の神様は天にその人の家について甘い報告をしてくれるのです。

その神様の人間性にククク、と笑い、ズズズッと紅茶をすする。その紅茶は四川の冬の新茶がたっぷりでとっても甘い。そもそも甘いものは口に福が入るという「口福」でもあります。つまり、おいしいものを食べた時の幸せを表す中国語であり、食から得られる「幸福」なわけです。

Koucha3

今年の締めは〆張鶴。純米吟醸の一升瓶を持ち帰る。仕事を終えていよいよ正月を迎えるにあたり、ヨシコは台所でオリジナルソングを歌っている。

はぁぁぁ、掃除も終わってない~♪あるのは酒と愛だけ~♪

一升瓶は一生飲めたらいいのになぁと思いながら、その歌詞に惚れ惚れする。ヨシコよ、素敵な歌を歌うではないかと言うと、

父ちゃん、「浅き川も深く渡れ」だよ。

それはどういう意味かね。

その言葉通りの意味だよ、案ずるな。

最近、剣客商売ばかり読んでいるので気持ちは侍のヨシコ。つまり、余計はことは聞くなということであろう。しかし、その言葉を考えてみると、「誠実であれ」ということではないだろうか。ヨシコは本当に何事にも真剣、誠実な人である。

そしてその夜。

ヨシコがヨガをやっている。真剣、誠実な彼女は、昔、ヴォイストレーニングを重ねていた名残であろう。閉切った襖(ふすま)の向こうからフシュー!フシュー!という激しい呼吸が聞こえる。どうやら、腹式呼吸が身につきすぎて、肺活量がとんでもないことになっているらしい。

フシュー!フシュー!

ヨシコよ、ヨガってそんなに激しいものなの?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マテウス・ロゼ

Mana1

メリークリスマス!

朝。ギャラリーskogのエツコさんからクリスマスケーキをいただきました。寝起きにビックリ。電話でお礼とともに伺っていると北小松の家庭的なお菓子の工房Mannaについてあれこれ教えていただく。3本の蝋燭は今の我が隊にぴったり。冷凍便での到着とあって、ゆっくりと解凍する時間もまた楽しい。

Mana2

スポンジの中に小松菜。味覚が敏感なヨシコはすぐに気づいた。おいしいね、おいしいね。そして今年2月10日に地中に溶け込んだ雪だるまが再びケーキの上に鎮座する。巡る巡る季節。その中に新たな意味づけを持って。

Mana3

いよいよクリスマスということで、シャンパンを買おうかと思ったが、前日にモエ・エ・シャンドンをいただいたということもあり色々物色していると、懐かしい味を見つけた。それはマテウス・ロゼ。

マテウスとの出会いはポルトガルの酒都、リスボン。モロッコの砂漠から数週間、友人と旅を重ね、いよいよ明日は空路イギリスへと旅立つ日。残ったポルトガル通貨エスクード(今はユーロなのでしょう)を換金するか、どうしようかと相談したとき、全て酒代に換えてしまおうと、屋根裏部屋のような安宿で採決。近くのスーパーでアルコールを買い込んだ中にマテウス・ロゼがあった。

Mana5

もちろん高価なものではない。20代前半の若者は、質より量。ともかく酔えるように大量の安ワインとほんの少しのロースト・ビーフ。錆びたバルコニーから曇天のリスボンの町を見下ろしながら、酔いに任せてポルトガル最後の日を謳歌する。サハラ砂漠で放置された事件、スペインから野菜をかじりながら旅した日々を想いながら、つかの間の休息、酔いつぶれた友人の顔にバターをぬる悪戯。微発泡した味わいは、忘れられない美酒となったのである。

Mana4

マテウスを愛飲していると、嘘のような誠。その旅をともにした友人から電話が鳴る。彼は今は東京に住んでいるのだが、都合、年末の肉の日に会うこととなった。話しを聞いていると、ここ数年、自分の前髪を肉眼で見たことはなく、お腹も出ているとか。遠く離れても毎年会う機会をもうけるのだが、一言交わすだけで中学時代からの空気感になる。その日が再びやってくるのだ。

フレディー・マーキュリーの歌声を聞きながら、酔いに身を任せる。彼は世界最高のヴォーカリストであり、ロック・ピアニストであると思う。ヨシコに赤すぎるのではないかと言われる衣装とともに、今宵は世界最高のエンターテイメントを満喫する。マテウス、その中に新たな意味づけを持って。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フィールズ・オブ・ゴールド

Sting1

ヨチュオさん、その服おかしいよ。

フェスティバルホールの座席に座っていると、ヨシコがクスクス笑う。ヨシコからプレゼントされたミレー(MILLET)のジャケットの赤と、座席の赤がまったく同じで保護色のようになり、どうやらボクは会場に溶け込んでいるらしい。せっかくいただいたものだから、ハレの日にと思い着てきたのだがなぁと思っていると開演のブザーが鳴り響く。そう我が隊はひとあしお先にクリスマスを堪能するのだ。

Sting2

おいしすぎるー。

ヨシコがそう言いながら泣いている。開演のブザーより数時間前、ヨシコが大好きな南船場のSANGEN(さん源)でランチ。ぷりっぷりのエビフライを頬張りながら、すでに次回来たときに何を食べようかなぁと考えているようだ。相変わらずハンバーグもふわっふわ。絶品洋食屋さんで、少し気取った感もあるけれど、厨房から「ありがとうございます」ではなく、「おおきにーっ」と聞こえてくるのが好き。親しみ感じるお店なんです。

お腹を満たして、いざ肥後橋へ。今年のボクからヨシコへのクリスマスプレゼントは、クラシックのコンサート。そして歌声を聴かせてくれるのは、かのスティングなのだ。

Sting3

スティングとともに16~17世紀のイギリスを代表する作曲家であり、リュート奏者でもあったジョン・ダウランドの楽曲を奏でるのはエディン・カラマーゾフ。2部構成で1部のイギリスの声楽アンサンブル集団スティレ・アンティコのハーモニーがこれまた絶品。そしてスティングの登場となったのだが、真正面で聴きやすく、小さなホールならではの贅沢な時間となる。シンプルなステージに、美しい照明。歌詞と連動した世界観があって彼の「迷宮」に引き込まれてしまう。

そしてアンコール。フィールズ・オブ・ゴールドが歌われた瞬間、思わぬサプライズで会場に悲鳴が上がる。てっきりクラシックのみで終わると思っていたからだ。ボクはこの曲が大好きでまさか生で聴けるとは思わず、さらにその歌声で全身鳥肌がたった。ヨシコはこれまたポリスの孤独のメッセージで号泣。ロバート・ジョンソンのブルースもあり、最後はさくらさくら。リュートの音色が琴のように聴こえた不思議。リュートで歌われる彼の曲のアレンジがとにかく素晴らしくて、最高のクリスマスプレゼントをいただきました。

Sting4

そんなスティングの余韻にひたりながらディナーを。

もちろん大好きな滋賀三昧。バームクーヘンを飼料にし育てられた極上の蔵尾ポークと日野菜を食べながら、今年お世話になった日野の人々のことを思い出し、近江牛のユッケの上で比良の利助さんの生卵をかき混ぜる。そうやって楽しく話をしながら、体に今年の全てが入っていくのを感じる。それには黄金色の麦酒が欠かせない。そしていつしかスティングのフィールズ・オブ・ゴールドの情景が目に浮かぶ。

残された限りのある日々

ぼくらはずっと黄金色の畑を歩き続けよう

大麦畑でのあの夏の日々から

もう何年もが過ぎた

ほら子どもたちが駆け回っているよ

沈む夕陽で黄金色に染まった畑の中を

| | コメント (0) | トラックバック (0)

しまいの月の贈り物

Kumasama1

噂をすれば陰。

ほっとすていしょん比良の扉をガラガラッと開けると、ほっとママがカニ歩き。目の前の女性にボクたちのことを話していた最中だったとか。その女性は何度かお会いしたことがある方と、くま先生のお姉さん。目元がそっくり。ほっとすていしょん比良の食材を山盛り持ち帰られるあたりもそっくり。冬眠知らず、精力的なくま先生の裏話を聞いたり、素敵な時間を過ごさせていただきました。

Kumasama2

これは何ですか?

里芋は芋茎(ズイキ)も食べれる万能食材。多くの子芋に対して、里芋の地下茎にできる大きな塊茎をこのあたりでは親芋とは言わず、「おやがしら」と言うそうです。太陽みたいな顔をした店の方に、色々教えてもらっていると、ポンッ!とメニューにはない「おやがしら」を料理してくれました。何だが実家に帰っているみたいで、背後からさす陽射しのように気持ちもポカポカ。ほのかな柚子の香りでいただく「おやがしら」の餡かけをヨシコは快食。

おいしーいっ!この親玉!

だから、「おやがしら」だってば。

Kumasama3

イチョウの並木はすっかり冬支度。比良に来ると必ずこの道を通り、お地蔵さんに挨拶。そしていつも樹下神社の前を通るのだが、あれ?はじめて神社に呼ばれた感覚がありました。何だろうなぁ、比良の神様と目があったような気がします。ほっとパパ・ママの田んぼにお礼を言って迷いの森へ。

Kumasama4_2

迷いの森もすっかり冬支度。重さをすっかり失ってしまった乾いた落ち葉を踏みしめると、パリパリと音をたてる。その先にはギャラリーskog。帽子をゆらして登り行く。

Kumasama5

skogでは今年最後の企画展。エツコさん、カズオさんたちに囲まれ、さらにはキッチンからH&Mの八田さんがひょっこり。かんじる比良が開催されたことで、比良に住む人々の交流が進んでいるのです。

今日は、ほっとママをはじめ、会えるとは思っていなかった人に次々と会えたり。今年最後、しまいの月は、様々な贈り物をボクたちに届けてくれました。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

百花

Cafe1

かわいすぎて飲めません。

冬の柔らかな日差しを浴びながら、お昼前のひととき。近くのカフェ、百花(モカ)で豆乳ラテを頼むと、素敵な模様が浮かび上がった。ヨシコはそれを前に、いつまでも眺めて、なかなか飲もうとしないのだ。

Cafe2

ここカフェ百花(モカ)はギャラリーも併設している素敵なところ。以前、ヨシコが歩いていると発見したらしく、お世話になっている欧風食堂millibar(ミリバール)のUさんから聞いた覚えがあったらしい。ちなみにミリバールのギネスビールは最高である。ビンや缶で出てくるカフェは多々あれど、生ギネス、これに勝るものなし。そのクリーミーな泡がたまりません。ご無沙汰なので、これを書いているとすぐにでも伺いたくなるような場所なのだ。

Cafe3

そして、朝からギネス。これまた最高。ビールは飲む場所や時間でその味は変わるもの。その場所の雰囲気をそのつど楽しみたい。

昨夜は新梅田食堂街の焼き鳥や「とり平」。カウンター12席ほどの小さな場所でアサヒの瓶ビール片手に、カウンターの喧騒たる雰囲気の中で週末を締めくくる。鳥のお腹に入っている産まれる前の卵(黄身だけ)をプチッと口の中で潰すと、とろける濃厚な味。鴨の下腹は脂がのっていて、隣の赤ら顔の親父に、アラフォーの女のように笑いが止まらない。立ち飲み街の暖簾の下から見えるサラリーマンのお尻の列。そう、この街には瓶ビールとちょっとしたつまみが似合うのだ。寒風吹きすさぶ野外を忘れ、小さなカウンターに会話の花が咲き乱れる小さな春。

Cafe4

さて、そこからほどなく山崎を散歩すると、落ち葉の美しい場所がある。そこは季節ごとに楽しめる一角で、夏の青々としたときも涼しくて気持ちのよい場所なのだ。家の前がこのような場所だと、そこでずっとビールを飲んでいるかも知れないなぁ。

Cafe5

そして宝積寺のすだれ桜はすでに冬の装い。春に向けてじっと頑なに芽を潜めている。水面には真っ青な空が映っていて、ビー玉のよう。冬の空は澄んだ緊張感があって見ていて気持ちがいい。ヨシコはその景色のそこかしこに本格的な冬の前触れを感じては、これ見て、これ見てと騒ぐのだ。

Cafe6

夜ともなると、我が家でおでん。冬はやっぱり煮物でしょう。買い求めたギネスビールを開けながら、絶品の手料理をいただいて、さらにアルコールを燃焼させて体の中から暖をとる。あぁ、春よ、春よ来い。こう寒くてはつい飲んでしまうではないか、また百の花を咲かせておくれ、と何だか冬のせいにしてお酒をかたむける。

そしてスピーカーからは、ビル・エバンスのYou Must Believe In Spring。呑み助には彼のピアノの音色がたまらない。個人的にはExplorations収録のIsraelで天国。カフェ百花(モカ)のホットサンドのチーズのように、どこまでも熱い余韻に浸れるのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »