琵琶湖博物館
ヨチュオさん、これが欲しい。
ここは冨江家。彦根市本庄地区の古い民家が移築され、その和室に鎮座するベビーベッド。しかも誰もいないはずなのに、赤ちゃんの鳴き声が聞こえてくるという凝りようである。ここは琵琶湖博物館、農村のくらしと自然というコーナーにあるのだ。
さて琵琶湖博物館がある烏丸半島から比良方面を見ると、蓬莱山から武奈ヶ岳がまた美しい。ボクの背後では、風力発電機、くさつ夢風車がくるくる回り、空をこれまたトンビがくるくると周回する。はぁあ、のんびりだなぁ。寒いけど・・・。
どんな味かね。
オオクチバス(ブラックバス)と琵琶鱒の天ぷらうどんを食すヨシコ。琵琶湖で迷惑極まりないブラックバスは、おいしくもなく、おいしくなくもなく。近江牛コロッケを食べながら、ほっとすていしょん比良で仕込まれているであろう里芋コロッケに想いをはせる。
ヨシコよ、対岸に行きたくなってきただろう。
うん。
太陽の光を浴びて、比良の山々がキラキラと輝いている。ちなみに伊吹山はサンゴやウミユリの化石があることから、珊瑚礁が隆起してできた山だそうな。そして湖南から湖東にかけて、ミエゾウというゾウが闊歩していたのだから驚きだ。そのときの比良の山々はどんな姿だったのか。想像するだけでおもしろい。
そして対岸に渡るには丸子船。琵琶湖博物館に収められているのは、松井三四郎(船大工)さんが作られたもの。船底がやや丸く、船の側面に丸太を二つ割りにしたもの(オモギ)が取り付けられた琵琶湖固有の木造帆船なのだ。この船についてより詳しく知るには「信長 船作りの誤算」~湖上交通史の再検討~という本にも、松井三四郎さんの記述があって、優しく説明されている。写真も図説も多く、オススメなのだ。
比良に限り資料を紐解くと、昭和22年から27年ごろ、比良には3隻の丸子船が少なくともあったそうです。割り木や柴、石、粘土を近江八幡の瓦屋へ輸送して人がいたそうな。
そして一番気になっていた古民家の展示場へ。入るなり懐かしい感じがしたのか、年配の入館者たちが口々にこれはこう使うのだ、あぁだ、こうだと数十年前の暮らしの楽しさ、苦しさ、自分の思い出をまわりの人にまるで学芸員のように語りかけるのです。それほど細部にまで保存された展示なのでしょう。嘉田由紀子知事の著書、「生活環境主義でいこう!」にもおもしろいエピソードがあり、展示場のトイレがあまりにも自然にあって、そこで本当に用をたした方もおられたとか。
さらに滋賀における水のお勉強。上水道普及率の統計を見てみると、1920年に80%、1960年にはほぼ100%の普及率をみた大阪に比べ、滋賀は1960年に30%、そして1985年にほぼ100%の普及率でした。
なぜ、上水道の普及率が低かったかと言うと、やはり琵琶湖の水が飲めたからなんです。これまた比良に限定すると、大正15年では、釣りをするわけでもなく、ザルですくうだけでも十分にたくさんのアユが採れたと記載されていました。
そして平成7年の水カルテ調査記録を見ていると、南比良は中川庄一氏。北比良は湖岸にお住まいの森孫左衛門氏からの聞き取り調査結果が詳細に記録されている。
ん!?
中川さんって、あの中川さんですよね?ヨシコさん。
比良でお会いしたと思いますけど・・・。
ところでこの写真の森孫左衛門さんですけど、ヨシコさん。
何だかこの台所、見たことがあるような気がします、ヨチュオさん。
もしや・・・。
ちーっちゃいさかながいるー!
琵琶湖博物館の素晴らしいところは標本だけでなく、実際に泳ぎ回る湖魚がたくさんいること。子どもも大人も興味津々。
カイツブリの捕食も見れて、ドキドキ、ワクワク。そして琵琶湖だけでなく、世界の湖に住む魚たちも泳いでいる。中には懐かしいカンボジアはトンレサップ湖の魚たちもいて、ヨシコとその広い湖を船で旅したことを思い出した。街の土ぼこりでヨシコの鼻が爆発、めちゃくちゃな陸路でのタイ国境越えも、今では楽しい思い出。それにしても琵琶湖博物館は勉強にもなるし、楽しいなぁ。
ヨシコよ、ここは最高やな!
うん!おいしそうっ!
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