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2009年3月

まったりや

Mattariya1

荷物はこれだけですか?

ヨシコのアトリエ「Mattari-ya(まったりや)」から荷物を軽トラックに積み込み、我が家へと向かう。赤帽のおじさんはとてもにこやかな人で、朝から京都、今から我が家、そして摂津から東京へと向かうとあって、繁忙期なのだ。

Mattariya2

わたし、昔、写真をやっていましてね。

助手席に乗るボクに、おじさんは話出す。もちろん銀塩ですが、わたしの父も写真をやっていまして、それはそれはたくさん写真を撮りました。また子どもが生まれると、一番上の子のときはすごい写真の数になってアルバムにもいっぱいなるんだけれど、次の子のときには、どうも省略しちゃうんですよ。どうしてかなぁ。写真がとっても少なくてかわいそうに。まぁ、わたしの責任なんですけどね、ワハハハハー!

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そしてヨメさまはね、とっても酒が好きなB型なんですよ。

とうとう酒米を田植えして、収穫して酒までつくってしまいまして。またO型のわたしと違って家計簿も1円単位でつけるような、しっかりとしたヨメさまなんですよ。いやぁ、O型はどうもお金に関しては杜撰(ずさん)で、ワハハハー!

そうですよねぇ、ヨシコさんもO型で、お金は全部食費になってお腹に消えていくんですよ、ワハハハー!

春の午後に、運転席で男が意気投合。仕事も早くて、素敵なおじさんは、荷物を我が家へ運んだならば、「子どもには安けりゃええってもんじゃないものを、しっかりと食べさせてくださいね」と言い残し、東京の仕事へと走っていく。

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窓から眺めていると、家の前のサクラが風になびいている。その向こうから大きなお腹をしたヨシコがゆっくりと歩いて帰ってくるのが見えた。

ヨチュオさん、今日は引越しの手伝いをしてくれてありがとう。

いやいや。それにしても「Mattari-ya(まったりや)」もとうとう閉店したね。

いいえ、なくなってないわ。

えっ?

だって、わたしがいるところが「Mattari-ya(まったりや)」なのよ!

そう言うとヨシコはイチゴを片手に大きなお腹を揺らして、ゴロリと横になる。「Mattari-ya(まったりや)」から運び込まれた荷物に囲まれて、しばしお昼寝をするのです。

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BOCCIO

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雑誌「天然生活」の表紙みたい。

南船場にあるヨシコのアトリエ「Mattari-ya(まったりや)」。その近くにあるイタリアン、BOCCIO(ボッチオ)でランチ。予約をしないと入れないような小さなレストランだが、ホールの男性が「1時15分までなら窓側のお席でお食事していただけますよ」と聞いたヨシコ。時計を見るとあと45分あると知り、

大丈夫です。わたし、食べるスピードに自信があります!

と、早食い競争に来たかのようなセリフ。

Boccio9

ここBOCCIOはとてもいい雰囲気で、心穏やかになる。キョロキョロと周りを見渡しながらヨシコは言う。

わたし、雑誌「天然生活」に掲載されているようなお洒落なお家にしたかったのだけれど、無理だったわ。わたしは、どうやらザル(笊)が似合うのよ、ザルが。竹を割ったような性格だからかなぁ。はぁぁ、「ザルル」っていう雑誌がないかしら。

それって「るるぶ」じゃないよね。

Boccio2

まずは前菜「市場からのお魚のソテー アスパラとマッシュルームのカルボナーラ風」。

これがびっくりするぐらい美味。カリッカリの魚の皮までが香ばしく、野菜とともに素材の味が楽しめるほど絶妙なソース。ふと見ると、ヨシコは不器用にフォークとナイフを動かしている。

ちょっと、ヨシコよ。ナイフでお魚さんが潰れそうだよ。

どうもフォークとナイフって苦手なのよねぇ。

それじゃぁ、何が得意なのかね。

手づかみかなぁ。

Boccio3

パスタは大盛りでお願いします。

「豚挽き肉と青菜のフレッシュトマトスパゲッティ」をボクと同じ大盛りでいただくヨシコ。「だって二人分食べないと」と言いながら、子どもがいる大きなお腹をさすっているが、子どもがいなくても大盛りで食べただろうなぁ。

さぁ、食後のエスプレッソが口の中をスッキリしてくれたなら、今度はアトリエをスッキリさせましょう。

Boccio4

これ何?

ヨシコのアトリエにある本や雑誌を整理していると、本の折り目に「ハゲ」と書かれてある。その本のタイトルは、「血液サラサラで病気が治る キレイになれる」。

あぁ、それね。ヨチュオさんがハゲてきたときに読んだのよ。

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これも処分しちゃうの?

うん、太い針でも編めなかったの。

Boccio6

エッ!?これも処分しちゃうの?

うん。それはね、達人になる必要がないって気づいたからよ。

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必要なものを梱包し、明日の搬送を待つ。

ふたりで作った棚を解体し、現像用の暗幕を外し、作品でいっぱいだったアトリエが、真っ白な壁へと戻っていく。

Boccio8

アトリエ「Mattari-ya」は明日で閉店。

でも大丈夫。

最初は小さなBOCCIOだったけれど、そこから大きな花が開いたのだから。そしてこのアトリエがあったからこそ出会えた人や、このビルの素敵な住人「順慶ズ」との交流は今後も続いていくのだ。

※BOCCIO=イタリア語で「つぼみ」

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春の比良と天狗さま

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人よりも鳥のほうが多いはずの比良が。

今日は、人だらけでビックリ。駅前のほっとすていしょん比良では、亀岡からの視察団を受け入れているのだ。興味深い話を聞く彼らの目の先には、ほっとママ。ボクたちも便乗してお話を伺うことにした。

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さて、それより30分ほど前。

こちらは3連休というのに、いつものようにガラガラの車内。比良に向かう湖西線は、普通電車がよい。一車両にヨシコだけなので、ついついボクはゴロリと寝転がってしまう。

突然、ヨシコが窓を見て騒いでいるので見てみると、車外の窓に小さな虫がしがみついているではないか。その虫は堅田からやってきて、猛スピードで走る電車の風圧に羽を震わせながらも、数ミリの細い足を懸命にふんばっているのである。

あっ!後ろ足が外れた!

あっ!ふんばった!

時速80kmから100kmの世界に生きるその虫に二人して声援を送る。そしてその虫は、和邇で颯爽と下車。

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もうツクシの季節です。

雲ひとつない比良の空の下で、ほっとママの話を聞く人は年配の方ばかり。外をうろうろしているおじさんに聞くと、亀岡のお百姓さんだそうで、ほっとすていしょん比良の裏に実る蜜柑を見ては、4月はお祭りの季節や。わしら若いときは、見るだけですっぱい蜜柑しかあらへんもんやったと言っては、蜜柑を触られます。

田んぼでは雲雀が白い羽をくわえて求愛中。若い蓬(よもぎ)を見たおじさんが、これは乾燥させて健康茶にすればええと笑う。その肌はツルツルで、何歳なのか分からないほどなのだ。

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ほっとすていしょん比良の中ではまだまだほっとママのお話が続きます。

ここは、比良のブランドであるお味噌を地元の人に、身近な場所で買ってもらおうと始まったこと。また、食事をしていただくことで、滞在時間の多さが交流につながっていくこと。そしてそこから地域のつながりが出来ていったこと。それは例えば、ヨシ笛コンサートや、写真展として結実したというお話。

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また昔は野菜をいっぱい作っていたそうですが、最近では諸事情で加工が多くなってきている。しかし、その素材は常に自分達で作っていること。また営業日が水・土・日と、ある意味、飲食業をやる上で効率の悪いものではあるが、そこには秘密があって、夏野菜は一週間も空くと、使えなくなる。そこで間の水曜日も営業しているということ。

へぇ。そうなんだぁ。ふん、ふん。

ボクたちも比良に通って1年以上経つが、まだまだ知らないことだらけなのだ。

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例えば、気になるのがこの石垣。

駅から国道に抜けるまでに目に付く、長い長い石垣。これなんだろうといつも思ってしまう。昔の線路跡なのかなぁ。さらには、鳥よけにしているのだろうか、マネキンの首が棒に刺さって乱立している恐ろしい畑もある。ここは、夜ともなると非常に恐ろしいスポットではないかと想像してしまう。比良には、まだまだ隠されたおもしろいことがありそうなので、さっそく今日も散歩するのだ。

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げぇっ!道がない!

比良とぴあを抜け、庄六さんのお墓に参ろうと思うも、分からず。後山・畦倉遺跡はどこにあるのかさっぱり分からない。綺麗な小川の横の森をのんびりと歩き、その西側を気にしているも、湖西道路の延長か何か知らないけど、ぶつりと森が終わって、切り取られた山肌が痛々しい。意気消沈しながら、引き帰し、天狗杉の観音堂を目指す。

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小さな森を抜けると、田畑の向こうに琵琶湖が見え、そして大きな杉とこれまた大きなツバキが現れる。観賞用のツバキの大きさに慣れていたボクにすると、この15mほどあろうかと思われるツバキの大きさにビックリしてしまう。

この天狗杉は数百年前、あるいは二千年前からあるとも言われる非常に古い木。説明を読んでいると、この杉には天狗さまが住んでおり、触ると祟りがあるとか。

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ん?比良で天狗さん?

まさかここに腰掛けるのは、比良山の次郎坊じゃないでしょうねぇ。

そう考えると、このツバキもかなり古くからありそうだ。まさか鳥山石燕の今昔画図続百鬼による、老いたツバキの木に精霊が宿り、怪木と化して人をたぶらかす、古椿の霊じゃないでしょうねぇ。

おぉ、ちょっと怖い。

観音様にお参りすると、美しい鐘の音が響く。用水路を流れる水の音を聞きながら、しばし目を閉じた。

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こら、お前は電車で天狗になっていただろう!

さっそく日本一大きな狛犬がある近江舞子の八幡さんで、狛犬に怒られる。人が乗っていないとはいえ、電車でゴロリはダメですね。ちゃんとマナーを守ります。お許しあれ。

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近江舞子の田んぼを前に、一休み。

比良の食材を味わいながら、先程の話を思い出す。家庭の味、主婦の味を日々つくっていますということ。本当に、それがおいしいのだ。だって高いお金出して、いいお肉や懐石料理もいいかも知れないけど、毎日食べれるかと聞かれれば、そうではないのだ。毎日食べれるものがおいしい。それこそ、幸せなのだ。

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亀岡のお百姓さんは言います。

田舎は土曜・日曜に来る分にはええ。綺麗やしな。せやけど食べていくのは大変や。毎月20万、30万の暮らしをするにも大変やねんで。

それでもそのお百姓さんは、終始ニコニコで、肌ツルツル。食べていくのが大変なのは街でも一緒。手に触れるもの全てにお金を払わなくてはならなくて、ツクシも生えてなければ、蓬(よもぎ)もないし、空気も水も悪い。それに気づいた人々はこの先何を選んでいくか。それは自ずと見えてくることでしょう。

あぁ、草の香りにつつまれる幸せ。オオイヌノフグリを踏まぬよう気をつけて、頭の上にはトンビ、ヒバリ、ハクセキレイ。比良の湧き水をグビグビ飲んで、陽炎にゆれる春の景色をのんびり見るのだ。

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ほっとママは言う。

比良は味噌だけが特産品ではなくて、この自然も特産品であり、集う人の輪もここの「ご馳走」なんですと。

亀岡の視察団の方が帰り際、ボクたちに近づいてきて、ぜひ亀岡にも来てくださいと声をかけてくれた。その人は、自然や特産品だけでは、人は来ないものです。やっぱりその土地に会いたい人がいるということが、一番の条件なんですと言い残し、去っていく。

それを聞いて、ボクたちもあたたかな比良の人々がいなければ、こんなにも比良に来ないだろうということに、改めて気づいたのです。

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そして近江舞子から比良への車窓。

今まで気づかなかった天狗杉が揺れている。それは目に見えぬ天狗さまが、ゴロリと座席には寝転ばず、背筋を伸ばして着席しているボクたちに、手を振っているようだった。

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梅園と中国茶

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空の下でお茶会をしましょう。

今日は青天。ヨシコをお茶に誘おうと思うも、長年の付き合いの中で、ただでヨシコを空の下に連れ出すのは難しいと知っている。

ヨシコよ、今日はお隣の万博公園は無料で入場できて、かつ屋台とかいっぱい出ているみたいだよ。

ん?屋台?行く。

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トルコのアイス、ドンドルマ。

万博公園の中の屋台に懐かしい味を見つけた。トルコのアイスは粘着性があっておいしく、よくのびるが故に、アイスを渡すときのパフォーマンスもおもしろいものがある。ヨシコは大喜び。そのよくのびる秘密は野生のラン科植物の球根を乾燥させて粉末にした「サレップ」を混ぜてアイスクリーム状にしているからなのだ。

ドンドルマは数年前、友だちと二人でトルコを旅し、アンタルヤという街で食べたのが最初。トルコの通貨リラは当時暴落しており、今は海外通貨で預金しているんだよと言うトルコ人の宿近く、地中海に夕陽が溶け込む時間に食べたっけ。そこからアルマリスへ抜け、夜空の下、マット一枚で夜を明かし、船でギリシャ領、ロードス島へ渡ったものだ。

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それでは空の下、花茶をいただきましょう。

公園を歩いていると梅園があったので、その下にMPI オールウェザーブランケットを広げる。このシートは断熱がすごくて雨上がりの野外では本当に重宝する。ヨシコは中国茶器を持参して、さっそく桃の花茶を入れてくれる。梅の花の香りとともにいただくお茶は、何とも贅沢なものだ。

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お次は春の黄金貴。

この青茶は本当に美味い。階下のパン屋さんのクッキーとともにいただくと、これまた何とも言えないのんびりとした時間が過ぎていく。茶杯の裏には「風清」の印。台湾茶器の名器、風清堂の白磁蓋碗と知る。今日は風も気持ちよい。巷では献金や汚職について云々のニュースで賑わうが、風清弊絶と行かぬものか。政治家よ、お茶を濁している場合ではないぞよ。

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綺麗な空。

梅の香りの中でのお茶会は、日本人で良かったなぁと思える瞬間でもある。四季のある国はそうあるものではない。梅園を愛でる人たちは皆にこやか。その中には、盲目のおばさんを連れた人がいて、これは白い梅の花ですよと言う。するとその盲目のおばさんは嬉しそうに鼻の近くに梅の花を手繰り寄せ、匂いを味わい喜ばれるのです。

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中国茶は何度でも。

小さなやかんと、トランギアのアルコールバーナーがあれば、何度でも湯を沸かし、中国茶を味える。最初は香り豊なお茶が、今度は旨みあるお茶へ。その変化もまた楽しいものだ。

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寝転んでいると梅の花は空を渡る。

風が運ぶ白い花びらは、ボクのお腹の上へ、帽子へと舞い降りる。ヨシコは金柑を食べながら鬼平犯科帳を読んでいる。池波正太郎の鬼平犯科帳には様々な盗賊が出てくる。簔火(みのひ)の喜之助や、血頭の丹兵衛。密偵では小房の粂八などなど。ヨシコもすっかりその気。

ヨチュオさん、わたしもそう呼ばれた時代があってねぇ。それはスケバン刑事が流行っていた時代。キョウちゃんが「ビー玉のお京」って呼ばれていたっけ。

ヨシコは何て呼ばれていたのかね。

「BB弾のおよし」だよ。BB弾が道端に転がっていた時代だよ。

それは無鉄砲な名前だねぇ。

ボクもそう言いながら、流行った空気銃はルパン好きが故にワルサーP38を愛用、そしてダイ・ハードが上映されるや、ベレッタM92Fが欲しくなったっけ。

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森の空中観察路。

ソラードは、木々を上から見ることができる。安産目指してよく歩くヨシコは、気持ちよく歩ける場所を探している。街中は排気ガスがすごくて、どうもよくない。家の裏であるこの万博公園は、木々も多く、歩くには幾分かいいのだ。

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今はツバキが満開で、その中には「祝の盃」という品種もあっておもしろい。木蓮もいよいよ咲き始めようとし、桜も芽が大きくなってきた。土の上は柔らかく、木々の根本には苔が密集し、オオイヌノフグリや、生まれたての若い雑草が風に揺れている。少し寒い風の中にも春はすでにあって、並木の梢で鳥がさえずり謳歌しているのだ。比良ではそろそろ雲雀だなぁ。

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さてそろそろ小さくとも楽しい我が家へ帰りましょう。

梅園の上を鳥が飛ぶ。この広い公園には多くの家族連れ。子どもたちは走っているだけで楽しそう。ヨシコのお腹の子は、ヨシコがドヤサー!ドヤサー!と叫ぶと、手足をバタつかせて、踊りだす。それは衝撃となってボクの手にも伝わってくる。

この子がこの公園を走る日も、もうすぐだろう。

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Onigiri

竹の皮。

朝が早い出勤なので、前日にヨシコがおにぎりを握ってくれる。針江のんきぃふぁーむから毎月届けられる美味しい玄米の中に、毎日変わる驚きの中身。昆布であったり、わざわざ焼いてくれた鮭であったり、贅沢にも氷魚であったりと、楽しいかぎりである。それはいつも竹の皮と、ヨシコお手製の布にくるまれて鞄に入っているのだ。

それにしても竹の皮はいい。通気性がいいのか、蒸れずに美味い。ほのかに竹の皮の香りもするし、洗えば何度でも使えるので、ゴミにもならぬ。昔の人は、何でも知っているなぁと感心してしまう。

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フキ、菜の花、春キャベツ。

夜の食卓に春がやって来た。ヨチュオさん、今年はタケノコを箱買いしないでね。去年は大変だったんだから、と言われると、隣町、山崎で買い求めた朝採れのタケノコの美味しさを思い出す。あれは本当に最高だった。

ヨチュオさん、またコシアブラの季節がやって来たよ。山菜を食べたいねぇ。

きっとヨシコの頭の中では、山の幸のあれこれを想像していることだろう。春は芽吹く季節。食べ終えた器には、桜の花びらがすでに満開だった。山崎ではそろそろタケノコが顔を出しているだろうか。漢字でタケノコは「筍」と書く。竹冠に旬。旬は短く、しかし短い間だからこそ最高においしいものなのだ。

ヨシコよ、今年も箱買いさせておくれ。

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U23D

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どうも最近、涙もろくなりました。

大画面、大音量、3Dで体感するU2のライブ。梅田ブルク7で映画「U23D」を見たわけですが、おぉぉ、目の前までヴォーカルのボノが飛び出てくるではないか。ヨシコともども、3Dメガネをかけながら座りながらのライブに、どうもお尻がモゾモゾしてくる。

立ち上がって叫びたい。

そう体が要求するのである。

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特にに3Dの効果は、ドラムの上からの映像がすごかった。そのときのラリーのかっこよさと言えば、最高なのだ。アダムとボノがキス。隣のおばちゃん、歌いながら、身を乗り出してノリノリ。MISS SALAJEVOで涙腺ゆるんで、WHERE THE STREETS HAVE NO NAMEで涙。ONEでもう前見えない。

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そのONEで、ヨシコによるとお腹の子がブルン!ブルン!と踊り出したらしい。踊るわが子に泣くオイラ。そしてTHE FLYでは3D効果抜群の映像が繰り広げられる。何度見ても、BELIEVE(信じるている)の中に、LIE(嘘)が含まれている文字にハッとさせられる。

当たり前だと思っていたことが実はそうではないということ。

Kisekinoringo_2 

そういえば、この映画を見る前に「奇跡のリンゴ」という本を読んだのだが、農家・木村秋則さんは農薬が当たり前とされていたリンゴを、無農薬で実らせた人。そのドキュメントに朝から涙したっけ。秋則さんだけでなく、それを支えた家族の言動に心動かされる。U2もONEで歌うではないか、ひとつの人生、だけど全く同じだってわけじゃない、お互いを支えあっていかなければ、支えあってひとつへと、ひとつへと。

どうも最近、涙もろくなりました。

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そして映画の感動を胸に、ヨシコと寿司屋に入る。

周りはおっちゃんばっかり。さっきのきらびやかな世界に負けず劣らず、ラメ入りの服を着てサングラスをかけた大阪のおっちゃんが、横でヨコワを頼んでる。あちこちでおっちゃんの声。

タコくれ、タコーっ!

ダブル、チョコイチでーっ!

熱燗、熱つつつつつつ!大将、これ熱すぎやで!

ちゃんと見える?目の玉取り替えるか、メガネ買いやぁ!

ちょっと、お客さん、寝たらあかーん!

大阪庶民、気取らない寿司屋のカウンターはこんなもん。この喧騒が最高である。大将の客のさばき方も粋なものである。生の蛍烏賊が最高。目の前で握られた寿司をパッと口に放り込む。

くぅぅぅ。山葵(わさび)がたまりませんわ。

Cha

されど男は山葵(わさび)ごときで涙は見せまい。

1987年7月4日、パリ、ヴァンセンヌ競馬場のライブでボノは「涙は歌の中だけで十分だ」と言ったではないか。しかし、そうはいかないときもある。

へっくちーん!

春は花粉症。

どうも最近、涙もろくなりました。

※U23D SETLIST

Vertigo
Beautiful Day
New Years Day
Sometimes You Can't Make It On Your Own
Love And Peace (Or Else)
Sunday Bloody Sunday
Bullet The Blue Sky
Miss Sarajevo
Pride (In the Name Of Love)
Where The Streets Have No Name
One
The Fly
With Or Without You
Yahweh

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小さな世界旅行

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小さな世界旅行。

小春日和なので、散歩に出かける。最近、近くの見知らぬお店を開拓しようというのが我が隊のブームなので、まずはイタリアまで。開店と同時に、Buon giorno!

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店名「La mia sala Calma(ラ・ミア・サラ・カルマ)」とはイタリア語で、私の部屋という意味。ここのピッツア、マルゲリータはおいしいです。パスタもパスタそのものに塩味が効いている。ランチを頼んだのだが、一品来るなり数十秒で完食していくヨシコの食のスピードに、笑いが出てくる。

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まだまだイタリアを堪能します。

ここ「よしだ珈琲」のブレンドは、「イタリアン」と呼ばれます。しっかりとした香りと味で、雑誌を読みながらのんびり。常連のおじさんが新聞読みながら休憩中。ゆるやかな午後のひととき。

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お次はチリへ。

辛くないですか?ヨシコが頼んだチリソースに、お店の人がわざわざ確認を。笑顔が素敵なコックさんがいるカフェ「ぶいえいと」は最近のお気に入り。

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ここからコロンビアへ。

カフェ「ぶいえいと」の今月の珈琲は「コロンビア」。毎月変わるので、毎月通ってしまいそうになる。ヨシコは本を読みながら言う。

長谷川平蔵、やるなー!

今日も鬼平犯科帳らしい。そういうボクも今は剣客商売と、池波正太郎をふたりして愛読、心は花のお江戸を旅行中。

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さらにそこからフランスへ。

フレンチトーストうますぎる。デニッシュにアイスクリーム、洋酒のほのかな香り。都会に点在する小さな世界をめぐる食の旅。

ヨシコよ満喫したかね。

うん、満腹した!

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