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2009年4月

ひこにゃんと和蝋燭

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今日も連れてこられました。

彦根城の大手門の外にある馬屋で、ヨシコは模型の馬にむかって語りかける。朝起きると快晴。寝起きの開口一番、「おいしいもの食べに行こう!」ってお腹の子が言ってるー!とヨシコの口が言うので、それならばと電車に飛び乗り彦根まで。聞くとヨシコにすれば、ちょっと遠いらしい。

車窓から見ていると草津を過ぎたころから田植えがはじまる。田園風景の中に突然現れる「分譲中」の看板は、農地が宅地へと変わることを示し、能登川あたりでは子どもたちが川遊び。まずは腹ごしらえと参りましょう。

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雑誌で甲賀のオススメを見ながらランチを。

たまたまあった「冬眠知らずのくまさん情報」をじっくり読んで、ほっこりカフェ「朴(もく)」でのんびり。食べたサラダの中には日野菜も入っていて、去年お世話になった日野のUさんも田植えをされているのかなぁと、思い出す。

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ひこにゃん、にゃん!

お腹を満たし、彦根城の天守閣まで歩くとひこにゃんにバッタリ。大人も子どもも嬉しそう。それを見たヨシコは、ひこにゃんは幸せを運ぶにゃんこなんだなぁと言う。

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内堀では白鳥が屋形船を追いかける。

その横で亀たちが甲羅干し。ゴールデンウィークだというのに静かな彦根。ゆっくりとした時間が流れるのだ。

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和蝋燭の明かりは限りなく優しい。

そう聞いてやって来ました夢京橋あかり館。数日前、「匠の国日本」という北康利さんの著書を読んでいると、彦根の和蝋燭屋・蝋喜商店四代目、古川五郎氏の写真があって、またその仕事ぶりを読んでいると、これは見に行かねばと思ったのだ。

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さっそく館内に入ってみたが、古川氏の蝋燭はない。かつて彦根では53軒もの蝋燭屋があったのも昔、今は御歳83歳の古川氏が最後の彦根ろうそく職人。その蝋燭の代わりに愛知は岡崎の松井和蝋燭工房の和蝋燭しか置いてないところをみると、風前の灯火であった彦根ろうそくがどうなってしまったのか。気になるところである。

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そして陸舟奔車(りくしゅうほんしゃ)。

これは世界で最初に発明されたペダル・クランク機構の舟形三輪自転車の復元車で、彦根藩藩士の平石久平次時光が1732年に発明したもの。1817年のカール・フォン・ドライス、1861年のピエール・ミショーの新たな発明を経て、少しずつ改良され現代の自転車になるわけである。自転車が移動手段の主力となっているボクとしては、発明してくれありがとうごさいますと頭をさげるのだ。

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ヨシコが燃料切れ。

お腹を空かせたヨシコは、源三郎の抹茶ソフトクリームを食べるなり、これはおいしい!と唸る。大正13年創業。石臼で丹精込めて挽いたやや荒めの抹茶が入ったソフトクリームは、抹茶嫌いのボクでもペロリと食べれる味だった。

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仲良しオカメ。

ずっとこの調子で、見ているだけですっかり楽しい!

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やはりヨシコが再び燃料切れ。

どこで見つけたか、ステーキ重に一直線。ちょ、ちょっと待ってくれヨシコよ。我が家の財政で高価な近江牛を食べている場合ではないのだ。すまぬ。その代わりに近くの蕎麦屋へ入る。十割そばで昼間酒。鰹の出汁とわさびの香りがたまりません。咽喉越し最高。ヨシコはつけとろろ蕎麦でご満悦。

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南部鉄器の蝋燭台に和蝋燭。

帰宅後、せっかくだからと買い求めた和蝋燭に火を灯す。櫨(はぜ)から作られた生蝋、紙のこよりと藺草(いぐさ)の芯に灯るその明かりは、やはり限りなく優しい。そしてその炎はまるで生きているように揺らめく。

江戸時代、和蝋燭は贅沢品であった。使っていたのは大名や豪商ぐらいなもので、庶民は菜種油やいわし油などを利用した行灯(あんどん)である。その行灯といえど、今で言う1~2ワットぐらいの明るさなので大抵は太陽が沈めば寝て、太陽が昇れば起きたものだろう。

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初めてのまったりし隊の旅もそうだった。

ふたりでテントを担いで日本を横断していたときは、太陽とともに生活した。数週間も続けると、体が内側から変わってきて、力がみなぎった。その経験から、それまで続けていた夜から朝方までの仕事をやめたのだ。

今夜は和蝋燭の灯りを前にふたりで話し続ける。電灯と違い、蝋燭のまわりだけが輝いて見え、あの旅のときと同じく夜空の下で焚き火を囲んでいるようだ。やがてふたりとも炎に魅せられ静かになって、ただただ伝統の技に感嘆するのです。

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筍狩りと榊祭り

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南小松、コシヒカリと書かれた米袋から、何匹もの生きたウグイが出てくる。

ここはほっとママの玄関先。来られたおばさんは家で鮒寿司を作られるそうだが、ウグイでも作るということを業者に言ったところ、それ以来、まとまったウグイが送られてくるとかで、「やっぱりフナ寿司はフナがええわなぁー!」と言いながら、ウグイはご近所にお裾分け。おしゃべりしながらもウグイを手づかみでドンドンと渡されるものだから、ほっとママのビニール袋は満杯に。

川魚は鮮度が命とすぐに包丁を入れ、目がキラキラとしたウグイはそのまま煮付けにされるのです。

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さて今日は、ほっとママに誘われて、筍(たけのこ)狩りへ。

外は狐の嫁入り。北比良の町内放送で榊祭りになったことを告げられる。それならば鍬を片手に、いざイノシシとの戦いへ。久しぶりに竹やぶへと入ると、春雨の清々しい空気と、竹の香り。幼少のころ、近くの竹やぶに野良鶏がいたことを思い出す。あの鶏はどこから逃げて来たのだろうかと思い出しながら、筍探し。さすがほっとママ。パッと見ただけで、いくつも発見。そしてボクは鍬を振って収穫するのだ。

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それにしても竹は万能だなぁ。

ざるや、かご、簾(すだれ)、箸(はし)、さらには建材にまでなり、食では筍、麻竹(マチク)の筍を乳酸発酵させたシナチクもある。ちなみに「支那(中国)の竹」でシナチクなわけだが、今やメンマと呼ばれるものだ。これまたメンマというのも、「麺」の上にのる「麻」竹でメンマとなったとあって、何とも洒落がきいているではないか。

しかし、筍大好き人間としては、焼き物、若竹煮、何よりも筍ご飯でいただきたい。

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イノシシが食べた跡。

イノシシも美味しいものを知っているのだなぁ。我々も自分たちが必要な分だけいただいて、あとはイノシシにお任せ。そして残ったいくつかは立派な竹になるのだろう。

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ゲンジロウのモリですー。

雨の中をモリさんがやって来る。ガラガラッ!とほっとママ宅の玄関を開けて、入られたときの第一声が気になって話を聞いていると、このあたりは同姓が多いらしく、何代か前のおじいさんの名前を先に言うことで、誰のモリさんになるか分かるそうな。例えばキュウザエモンの誰々のように。

そしてドマン(ドンコ)の小さいものをドマンの小さい子、ドマンチコと呼ぶ話や、昔の比良の話をたくさん聞いて、笑って飲んで、お祭り騒ぎ。

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肝心のお祭りは雨模様。

来年からもうアカン、もう年や、ヒーヒー!と言いながら神主さまが、屋根のある場所へ避難。古老の比良岡さんが、今年の豆はちと塩がたらんといいながら、豆をくれる。豆はうまいから食べるんやない。体にええから食べるんやでとのこと。ヨシコは冷えるからと、途中からほっとママ宅でお留守番。ボクはひとり、お祭りの行く末を眺めていた。

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最近の男は草食や。

掛け声をあげ、神輿を担ぐ男衆を前に、見ているおばさんたちは、在りし日の雄姿を見ているご様子。ほれほれ、もっと気張らんかいと、傘を片手に応援。晴れの舞台を男衆は、神輿を持ち上げ、声をあげ、霧雨の中を精一杯往復するのだ。

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伊吹山の方角に見えた半円の虹。

去年のお祭りに引き続き、2年連続でほっとママ御一家のお世話になる。本当に感謝。日も暮れ、カエルが鳴くから帰るけれど、雨でも呼んで迎えてくれる人がいるというのは、何とありがたいことだろう。わざわざアク抜きしていただいた筍の温かみも、リュックを通して背中まで伝わってくる。

比良駅のホームから堂満岳のほうを見ると、すっかり新緑。これから比良は田植えの季節を迎えます。

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※追記

さっそくウグイを食す。子持ちで卵はコリコリ、結構淡白な味だが、身がうまい!これはまさにほっとママの味。新鮮だからかなぁ、小骨も気にせずぺろり。筍はヨシコが煮干と昆布の出汁で煮物に。塩蔵ワカメと共にお吸い物にもしてくれて、さらには焼き筍で頬っぺたが落ちる。ヨシコの料理は絶品なので、鬼平舌つづみに掲載されているような合鴨と筍のつけ焼きとか食べてみたいなぁ。明日は筍ご飯と聞いている。有難きかな。今から楽しみなのだ。

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琵琶湖疏水

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暑過ぎる!

まだまだ4月だというのに、何でしょう、この気温。アスファルトからの照り返しがまるで夏ではないか。本日の我が隊の目的地は、京都市動物園のすぐ近く、あちらに見えます琵琶湖疏水記念館。

そもそも琵琶湖疏水は、明治時代、第3代京都府知事となった北垣国道が、京都に活力を呼び戻すため、琵琶湖からの水力で新しい工場を建て、舟で物資の行き来を盛んにしようという壮大な計画だったわけです。

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明治40年6月刊行の写真を見てみると、蹴上げのインクラインが写っています。南禅寺方面の道も、平安神宮への道も、その地形に変わりないですね。

ちなみにインクラインとは、船が上がれない急な坂を貨車を使って引っ張り上げるための線路で、大津から来た船をそのまま貨車に載せて、次の水路へと運ぶわけです。

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さて平安神宮の東神苑の池を見ると、すごい魚影です。

ヨシコは、カメの動きに夢中で、甲羅干しをしようとしている彼らが、乾いた石の上に這い上がる姿に声援を送っている。すっぽんも岩陰にかくれ、ボテジャコ、イチモンジタナゴなど、今や貴重な琵琶湖の魚が泳いでいます。

それはなぜか。

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平安神宮の池の水は明治28年からずっと琵琶湖疏水の水が入っているのですが、近年の琵琶湖におけるアオコ、赤潮の発生時にこの池にも影響があって浄化装置がつけられました。その後に、外来魚問題。

つまりこの浄化装置によって、ブルーギル、ブラックバスがこの池に入ることはなかったという偶然が重なって、今でも琵琶湖で絶滅宣言された魚が泳いでいるのです。

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ちなみに山縣有朋の別邸、無鄰菴(むりんあん)も疎水沿いにあり、琵琶湖の水が流れています。

木陰が気持ちよくて、ついついのんびり。

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琵琶湖のおかげで、こんな庭園になったんだなぁと、琵琶湖疏水の恩恵に感謝。

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恩恵といえば、その琵琶湖疏水の水力で発電。新しい工場が生まれ、路面電車も走り出し、京都は活力を取り戻しました。のちに水道と市営電車を開業。平安神宮内にある日本最古の電車も、その力で動いていたのかなぁと、ついつい見とれてしまいます。

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観光用の十石舟に乗ってみる。

すっかり葉桜になった横を、涼やかに移動する。十石舟といえば、江戸時代に伏見の酒、米、人を大坂に運ぶための輸送船。昔は琵琶湖疏水の計画をはじめ、この地において水運って非常に重要な地位を占めていたのだろう。

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それにしても、工事を終了し、はじめて水が流れてきたとき、感動しただろうなぁ。

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昔の賢人の功績に感謝です。

(ヨシコの筍の下処理にも感謝です。)

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ちなみに明治43年の琵琶湖と比良山系。

ここから京都に水が流れ出たわけですね。

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幸せのカタチ

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何という青空だ。

朝7時。土曜日出勤でゆれる車窓から恨めしそうに空を見る。車内にはリュックにストック、いかにもこれから六甲山、摩耶山、須磨アルプスあたりを登りそうな人々を乗せている。その傍らで、今日の仕事について頭を働かせていくのだ。

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午前中に仕事を終え、ヨシコと合流。

難波のアウトドアショップの店長さんと、何故かマタニティー談話。その店長さんは、渓流釣りをやられるのだが、こんな青空の日には、奈良の川上村の名も無き支流まで車を飛ばし、棹を振り、魚と会話をしに行きたいのではないかと想像してしまうのだ。

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えっ、ちょっと大きすぎません?

大阪の喧騒を避けるように、静かな我が家へ戻る。夕陽が傾き、小さな陽だまりの中で猫が毛づくろいをしている。蓮の池では、カルガモの子どもが泳ぎまわり、八百屋さんでおいしいトマトの見分け方を教えてもらい、酒屋さんで今朝、能勢で採って来たのよと言う朝採れの筍を買う。

袋の中に米ぬかを入れといたからー!

酒屋のおばさんの声を背中で聞きながら、階段をあがる。

持ち帰った筍を見たヨシコは、さっそくお腹の子に語りかける。

父ちゃんはね、買ってくるだけですよー。分かるー?アク抜きは毎年、母ちゃんなのよー。しかもね、鍋に入らないほど大きなものしか買わないのよー。もうちょっと考えたらいいのにねー。

父ちゃんは、以外と妊婦に過酷なことをさせるのよー。母ちゃん、今から筍をおいしくする作業しますのよー。

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ヨシコが筍にサクッと包丁を入れると、そこから春の匂いがする。

お~風呂、お風呂。米ぬかのお風呂へようこそ~♪

今度は筍に語りかけるヨシコ。

ボクはその声を聞きながら、すっかり茜色になった空を見る。頭の中では今朝の出来事を思い出していた。

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チッ!チッ!

そんな音に振り向くと、同僚二人が笑いながら近づいてくる。三人でビルの隙間から見える青空を見上げながら、何という青空だと言う。

こんな青空ならば、山にでも登りたいなぁ。

こんな青空ならば、晴れていると分かっているのにも関わらず、家でゴロゴロ寝たいなぁ。

こんな青空ならば、朝までDJをやっていて、アルコールでフラフラと酔っ払いながら家路につきたいものだなぁ。

三者三様の青空に対する想いが、同時に口に出たことに、つい笑ってしまう。

同じ青空でも、思いを馳せる幸せのカタチというのは違うのだ。

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能勢妙見山

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春の雪。

高台にある吉川小学校の桜が、散っていく。空一面に紙ふぶきのようにキラキラと日光を反射させて舞い降りてくるたくさんの花びらが、ゆっくりと僕たちを包み込んでいく。

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能勢電鉄、妙見口。

我が家から1時間の電車の旅。能勢電鉄は初めて乗ったのだが、やはり窓が開く車両というのはとてもいい。春の匂いいっぱいに、山々の間を走っていく。いくつかのトンネルを抜けると終点、妙見口。そこから吉川小学校の袂を過ぎ、黒川まで徒歩20分。タンポポが咲き乱れ、田んぼは収穫にむけて準備を始めている。

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ヨチュオさん、大人げなくない?

ヨシコにそう言われるも、最前列のシートに座る。後から来た小さな子どもたちが口々に、「前で見たいー!」という言葉を黙殺し、いよいよ急傾斜を登る妙見ケーブルが発進する。許せ、将来有望なる子どもたちよ。大人といえど、君達と同じ景色を見たいときがあるのだよ。

子どもたちの嬌声を背に、ケーブルカーはどんどんと登る。右も左も見事な桜。葉桜になるべく白き花びらをこれでもかと、ケーブルカーに降り注いでくるのだ。そして北側。炭を作るための山を、間伐し、管理しているとのアナウンス。かの有名な能勢の菊炭かなぁ。

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それではお昼ご飯にしましょう。

朝からヨシコがお弁当をつくってくれる。焼きたらこと氷魚の玄米オニギリに、卵焼き、エビのソテーなどなど、桜の木の下でのんびり舌鼓。標高524mから見える山々にも様々な桜が咲いていて、どこを見ても最高に気持ちよし!

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シグナス森林鉄道。

実はこの鉄道に乗りたくてやって来たのだが、休日ともあって子どもたちが長蛇の列。妙見ケーブルの最前列を占拠して申し訳なかったと思っていたので、今日は見るだけにした。ふと料金表を見ると、大人200円、子ども100円。でも、シグナス森林鉄道って中学生以上は大人料金なのだ。

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大人と子ども、その境界線はどこなのだ。

大人だって竹馬に乗りたくなることもある。きっと大人は、「大人になりたいと努力している子ども」なのだ。そして還暦になったら、何かから解放され、子どもに戻るのかも知れないなぁ。

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リフトで山頂方面へ参りましょう。

前を行くヨシコが頭をたれる。寝たのかい?と聞くと、お腹の子にお話ししているのよと返ってくる。向こうからすれ違う親子連れ。父親が後ろを振り返り、後ろのリフトに乗っているかわいい3歳ぐらいの我が子の写真を撮っている。そして子どもが僕たちの横を通るころ、父親には聞こえない声で「写真ばっかり撮らんでよろし」と言う。それを聞いたヨシコが大笑い。子どもも大人顔負けの発言をするものだ。

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ヨチュオさん、わたし妊婦だけど、危険なところに行かないよね。

もちろん行かないよ。ちゃんと考えているからね。ゆるやかな登りだし、もうすぐ行くとブナ林があるはずなんだ。

それなら行くわ。お産のためにも妊婦はしっかり歩かなきゃダメなのよ。

ところでヨチュオさん、ブナってどんな木か分かっているの?

さぁ、何となく「これブナかなぁ」でいいんじゃない。

…帰りましょ。

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ヨシコは水戸黄門の歌を歌いながら歩いている。

そしてボクを見るなり、「助さん、格さん、ついてらっしゃい!」とすっかり黄門さま気分で先を行く。

ヨシコよ、その後ろ姿はどう見ても、うっかり八兵衛だよ。

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あの人、赤ちゃんいるんじゃない?

能勢電鉄の車内で子どもたちが、ヨシコのお腹を見てささやきあっている。ヨシコがパッと見ると、シーッ!と言い合って、気づかれないようにする子どもたち。そのまま大きな声でシリトリが始まった。

ラッコ!

パンダ!

ダチョウ!

ちょっ、ちょっと待ってくれ。ラッコの次はパンダでいいのかね。

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こんな小さな旅のあとは、ビールに限る。ヨシコがワラビを炊いてくれ、たっぷりの鰹節とともにいただくと、うまい!となるわけである。何でもシンプルが一番。

ちなみに妙見口の前の食堂でもビールを飲んだわけだが、そこでは5歳ぐらいの子どもがエプロンをして大人顔負けに働いていた。家族なのかなぁ。お父さんがその子を抱きかかえると、ふにゃふにゃ~とすぐに子どもの表情に戻る。

大人も子どもも、素直な気持ちで参りましょう。

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比良の風

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ヨシコよ、前髪でも切ったのかね。

あら、ヨチュオさん。私のかわいさに気づきまして?

はい、そうですねぇ。

そう言いながら洗面器に散らばっているヨシコの髪の毛を、朝からこっそり掃除する。雲ひとつない快晴。今日は、比良のギャラリーskogさんで開催している「春色衣展」へ向かうのだ。

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比良の桜は今が満開。

そして風が吹くと、その強さからか、真横に散っていく美しさ。壮大な舞台を見ているような、ハッとする景色がここにはある。比良の風は様々なことを巻き起こすのだ。

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春にしては暖かな日差しを避けるため、木陰で一休み。

どうして「ほっとすていしょん比良」のご飯はあんな味になるのだろう。先程いただいた「里山弁当」の味を思い出しているのだろう。ヨシコはシートの上でゴロゴロしながらつぶやき始める。

水?いや、きっと手から何か出ているのよ。

おばあちゃんのオニギリがおいしいように。

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ヨチュオさん、「まったりし隊」の写真も新聞に載ったねぇ。

ヨシコはシートの上でゴロゴロしながら再びつぶやき始める。比良にある禾の人(カノト)のモリさんの田んぼにお邪魔したときの写真が掲載されるなんて、本当に嬉しいこと。しかも、モリさんは私たちに「写真家ユニット」という肩書きまで考えてくれたのよ。

そうそう、私が「写真家」だから、ヨチュオさん、アナタ、「ユニット」ね。

…ヨシコよ、そういう意味じゃないと思うよ。

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比良の上流からほとばしる農業用水。

しかも石を切り出していた比良らしく、石のアーチの下から豊かな水量がとめどなく溢れていて、ここで分水され、北比良、南比良の耕地へと流れていく。この水で育った農作物で、皆、大きくなるんだなぁと思うと、この水がとても大切なものに感じる。そして比良の風がこの分水場の上を通ることで冷やされ、のんびり僕たちが休んでいるこの木陰に、清涼たる空気を運んでくれるのだ。

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ある日の比良の風はとても強くて、駐輪場の自転車すらなぎ倒す。

そんな強風に煽られながらも、しっかりと花をさかせる土地柄なのだから、そこに住まう人も、そんな人が多いような気がしている。ボクたちもその人たちを見て、いつも元気をもらっているのです。

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ほっとすていしょん比良にひとりのおじさんが来る。

ほっとママに、今のおじさんカメラ持ってましたよ、と言うと、すぐさま走り出して、おじさんを店先でつかまえ、かんじる比良の宣伝と、フォトコンテストの説明をされています。そんなほっとママを見ていると、どんな強風にも負けずと言うよりも、その情熱こそが比良の風であって、それに乗って突き進む順風満帆たる人々であるようにも思うのです。

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ちなみにフォトコンテストは気軽に参加できますので、皆様ぜひ。

※かんじた比良フォトコンテストはコチラから

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岩茶

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「Mattari-ya(まったりや)」からの荷物の整理も一段落し、キッチンで食事が出来るように模様替え。雨の日は外出を控え、楽しく家で暮らせるようにするのだ。

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そろそろお茶にしましょう。

今日は岩茶。武夷水仙(ぶいすいせん)と武夷肉桂(ぶいにっけい)のブレンドをいただきます。武夷山の硬い岩肌に、気の遠くなるような長い時間をかけて根を張った茶の木は、岩が風化してつくる土壌から、豊富なミネラルを吸い上げて育つため、砂の土壌で育った茶葉とは違った味わいのお茶の木に育つのです。

ビル・エバンスの「ワルツ・フォー・デビー」の心地よいJAZZと、静かな雨音を聞きながら、優雅なお茶会・・・。

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アチチチチチチチチーッ!!!

蓋碗(がいわん)から茶杯に注ぐお茶の温度に堪りかね、手の皮が薄いヨシコの絶叫が響きます。熱いと分かっているのに、繰り返し注がなければならない苦行に耐え、さっそく一口。

・・・うまい。

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もちろん香りも楽しみます。

そもそも武夷肉桂の「肉桂」とは、中国語で「シナモン」のこと。そこはかとなくシナモンのような香りを感じさせることからその名前がついたそうです。

しとしとと降る春雨。軒先からこぼれる雨音。まだ少し寒さのある部屋で飲む岩茶は、身も心も温めてくれる。そしてスピーカーからは、ビル・エバンスの「マイ・ロマンス」。ゆったりとしたお茶会・・・。

ヘイッ!中国茶はどこまでも飲めるよーっ!
ストップと言うまでお湯を注ぎ続けるからねー!

どうやらヨシコはJAZZなんて聞いてない。

これぞ、ちゃんこ鍋方式だよーっ!

わんこ蕎麦だよ。

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母ちゃんってすごいなぁ。

ナショナルジオグラフィックの「世界が見たひたむきな日本人」という写真集を見ながら、あれこれ雑談。茶樹が山肌の岩に生育している岩茶のように、地に足をつけて生活する人々の姿が映っている。ヨシコもいよいよ母ちゃんになるんだよ。

それにしてもこの岩茶。

何煎目まで飲めるのだろうってぐらい、味わい深いなぁ。

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