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2009年5月

風の便り

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晴れて良かったねぇ。

お腹を揺らしながら、家から歩いて万博公園までやって来たわが隊。妊婦はとにかく散歩が大切。

ヨシコリ、分かるかい?

この広場はね、アナタがお腹にいたことを知らず、ヨチュオさんとバドミントンをしたり、走り回ったところなんだよ。

少し歩くとヨシコが鼻をピクピクとさかんに動かしはじめる。よく見ると、近くにバーベキューコーナーがあって、多くの家族連れが、昼間から食欲旺盛に楽しんでいるのだ。

ヨシコリ、分かるかい?

これはね、玉ねぎが焼かれている匂いだよ。

ん!これはタレの匂い。

はぁあ、せめてお肉の匂いだけでも・・・。

そう言いながらバーベキューコーナーに引き込まれていくヨシコを何とか止める。

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青空に響く音。

やっぱり太鼓は空の下が似合うなぁ。とにかく皆、楽しそう。

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ちょっと休憩しましょう。

本来ならば国立民族学博物館で、特別展「千家十職×みんぱく」茶の湯のものづくりと世界のわざを再度、拝見する予定だったが、勘違いで入れず。八の字眉になったヨシコを木陰のベンチに連れて行く。

風が気持ちいい。

木々のざわめきの中で、ヨシコは語りだす。

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ヨシコリ、分かるかい?

この風はきっと遠くから来たんだよ。

いきものとは、息をつくるもの、風をつくるもの。

この風は誰かの最後の息で、それを誰かが受け取るの。

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ヨシコの言葉に誘われてか、風がくるくると回る。スズメが可愛いポーズをとって、何かくれませんかと目配せする。木漏れ日もキラキラ。

ヨシコリ、分かるかい?

この風の中に・・・。

ヨシコ、深呼吸。

ん!!

ヨチュオさん、これはバーベキューの残り香っ!

またまた匂いの方へ歩き出すヨシコ。その後ろをついて歩くボク。家に帰ると、昨日芽生えたばかりのコリアンダーがすっかり双葉になっていた。

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ビストロ・ヨチュオ

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ビストロ・ヨチュオへようこそ。

朝からヨシコがあまり元気がない。原因は分かっている。顔を見る限り、お腹が減っているのである。さっそく階下のパン屋さんと、前の八百屋さんに足を運んで、買出し。玄関を開けて、10秒で食材がそろうありがたさ。

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ヨシコ復活。

パン屋さんの食パンをカリッとトーストして、クリーム仕立てのマーガリンを急いでぬる。そこに半熟卵、塩、胡椒、ほんの少しのマヨネーズ、新鮮なトマトとレタスを挟み込んで、カットする。さらにソーセージをボイルし、オリーブ油で外はカリカリ、中はジューシーにソテーして、ヨシコに食べさせたなら、すぐさま顔に血の気が戻ってくる。何とまぁ、単純なことよ。

さぁ、さぁ、ビストロ・ヨチュオへようこそ。

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サランラップいらず。

あまったサラダは夕食に。何度でも使えるこのフタは便利。一昔は「消費」することで満足していたかもしれないが、最近は「消費」しないことで心豊かになる人も多いのではないだろうか。

実はモノってそんなにいらないのではないかと思ったのは、リュック担いで数週間旅をしていたとき。だってこれだけの荷物で生きていけたもの。我が家はTVもサヨウナラ。エコだ、エコだと政府はポイントつけた政策をすすめて、家電を買えと言うけれど、すでに国民はもっと違うものに価値を見出しているんじゃないかなぁ。

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カイツブリの赤ちゃんはいますかー?

先日、ヨシコが我が家の近くの蓮池を囲むフェンスに噛り付いて水鳥を探していると、紳士的な方に声をかけられたらしい。

ここにはね、3家族のカイツブリが住んでいるんだよ。

あれ?カイツブリって琵琶湖に住んでいるんじゃないんですか?

鳥は飛んでくるからね。

そんなことを言われた話を聞きながら、今日をのんびり過ごす。スピーカーからはザッハトルテのアルバム「おやつは3ユーロまで」。彼らのライブは最高。

そして冷蔵庫から冷えたキリンのラガービール(瓶)を引っ張り出して、歯が黄色くなるまで飲むからねと、微笑みかける。何たって、昨日、社長に「何故、酒を飲むのか」と聞かれ、「好きだからです!」と答えたのだから。

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コリアンダーの芽生え。

先週、撒いた種からコリアンダーの赤ちゃんが顔をのぞかせている。いわゆる香草(パクチー)なのだが、二人して大好きなのだ。気軽に売っていないのならば、育ててしまえと意気込んでいる。育てていないものは、近くでお買い物。すると帰りに雨が降ってきた。

ヨシコリ!安心するんだよ!アナタは濡れないからね!

ヨシコはそう言うけれど、今頃ヨシコリは羊水でずぶ濡れだよ。

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さぁ、再びビストロ・ヨチュオへようこそ。

日頃、ご飯をつくってもらっているありがたさをお返しとばかり、新発売のアサヒ・ザ・マスターをかたむけながら、酔いどれシェフの腕がなる。刺身でもいけるホタテを、育てているローズマリーをブチッ!、オリーブ油とともに塩をきかせてソテー。アスパラガスのマリネと、カボチャの素焼きを添えて前菜に。メインは鶏のもも肉をグリルで焼いて、キノコとアラビアータのソースでいただきましょう。もちろん自家製バジルがアクセント。

最後は春ですから、やっぱり貝です。ボンゴレ・ビアンコ。ボンゴレ(VONGOLE)はイタリア語でアサリ、ビアンコ(BIANCO)は白ですよ。あさりと白ワインでソースをつくります。ついでに白ワインも味見と称し飲みながら、茹でたてのパスタと、刻んだ大葉であっさりといただきます。

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梅と交わりたいかー!!!

ヨシコは蜂蜜にむかって吼えている。どうやら梅シロップを仕込んでるらしい。

ヨシコリーズ(ヨシコ&ヨシコリ)よ、どうだったビストロ・ヨチュオは?

うん、おいしかった。ヨシコリが、父ちゃん、明日もがんばれって言ってるよ。

あっ?そうなの?明日も?

あと、後片付けもよろしくね。ピカピカにするんだよ。

※ビストロ(フランス語)気軽に利用できる小さなレストラン。池波正太郎が言う「うまいもの屋」。

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かんじる比良(2009初夏)

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梅ちゃん大移動。

去年も5月末に梅酒をつけていたヨシコ。台所の下から2004年から毎年分のビンがゴロゴロ出てくる。

去年の梅酒はおいしかったわね。でもどんな分量で作ったか、まったく覚えてないわ。砂糖と焼酎の割合、それはその日の気分で決めるのよ!

ヨシコはせっせと仕込みだす。下のパン屋さんに、青梅仕入れてくれませんかと頼むと、翌日には仕入れてくれた。そんなありがたい気持ちとともに、今年は梅酒、蜂蜜梅ジュース、梅ジュースを作る。スピーカーからはport of notes。彼女たちのライブに行ったばかりなので、聞こえ方、感じ方がよりよくなった不思議。

ヨシコリちゃん(ヨシコとヨシノリの子なので、お腹の子をそう呼んでいる)、父ちゃんが飲んでしまわない限り、アナタも大きくなれば、生まれ年の梅酒が飲めるわよー!

そうお腹に言いながら、ヨシコは朝から大忙し。ボクは焼酎3.6L、氷砂糖1lkgを近くの店から担いで帰る。

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ヨチュオさん。

分かってますよ。呼んでるんでしょ。12時22分発のがあるから。

そう、無性に比良なのよ!

そう言うなりヨシコは着替えだし、ヨシコリ!行くわよ!と家を出る。

「かんじる比良」が豚インフルエンザの影響で中止となり、比良で懇意にさせていただいている人たちと連絡はとっていたのだが、メールよりも、電話よりも、今は顔を見ることよ!とヨシコは飛び出した。

近くの蓮池では、口ばしが赤い水鳥の雛が、ふわふわの体で蓮の葉の上をお母さんの後ろについて歩き、鵜の仲間は羽を広げて日光浴。

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来た、来た、来たー!

和邇から蓬莱を走る車窓から、緩やかな山の稜線が見えてくる。このあたりから権現山にかけて見える比良山系はやさしい表情をしていてお気に入り。それが真正面にどっしりと迫ってくると、いよいよ比良だ。水がはられた田んぼに、山と青空が映っている。冬は、そこから先、近江舞子から北小松にかけての山の姿が忘れられない。葉を落とした木々に雪が積もり、深い青空の下でキラキラしていたのだから。

比良につくと大阪から来たとあって念のため駅で手洗い、うがい、消毒をする。駅を出ると、ちょうどほっとママが車でどこかへ行こうとしているではないか。ひょっとして工房かと思い、急いで呼び止めてしまった。

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帽子をかぶったから、ぺっちゃんこ。

ほっとママは朝は良かったのよー、と綺麗にカットされた髪をなでながら笑う。比良の風は気持ちいい。そのまま、うまっこ、ひらっこ、コロッケ定食に一直線。どんな味か、ひと言で説明すると、元気になる味!これにつきます。子どもはレジでおいしかったー!と言い、湧き水も甘ーい!と喜んでいる。

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イベントは中止とは言え、比良は変わりなくここにある。ほっとママはインフルエンザでこのイベントが突然中止になったことよりも、そのショックで人の心にインフルエンザがまん延してしまうことのほうが、悲しいことなのよと、一生懸命準備されてこられた仲間の間を走りまわられます。

一方、ボクたちのように去年のマップ片手に散策を楽しまれる方もちらほら。どんなことがあっても、ゆっくりと根付いていっているのだなぁと、自分のことのように嬉しくなってしまう。

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心に余裕があるからこそ。

ほっとすていしょん比良で、ボクたちが大きな声でじゃがいもと、ローズマリーのコロッケを頼んだからか、横のおじさんも持ち帰りでコロッケ単品をご注文。注文を聞いてから揚げるので、少し時間がかかる。

店の奥のほうからパチパチ!と香ばしい音が聞こえてくるとともに、頭の上からガタン、ゴトンと電車の音。おじさんは、この電車に乗るはずだったんだけどなぁと笑う。

そのおじさんは、次の電車は何分ですか~?と聞き、確認しながらも、そんなアクシデントを怒りもせずお楽しみ。その後、ホクホクのコロッケを頬張りながら、ホームで春の比良の景色をゆっくり満喫できたのではないかと想像してしまう。

アクシデントも楽しまないと!だって次の電車は来るのですから。

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お腹の中でかんじる比良、第9回にて最終回だよ!

ヨシコはヨシコリに色々なことを教える。

比良はねぇ、人よりもカエルのほうが多いのよ。ほら、聞こえるでしょ。ゲコゲコと。そしてね、ここの田んぼのね、お米を食べてアナタは大きくなったのよ。お腹の中でかんじる比良は今日で最終回だけれど、今度はカラダでかんじる比良が始まるから、乞うご期待!

ふぅ、それにしてもお腹が大きいと、さすがに疲れるわねぇ。

まったり参りましょ。

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うぉぉー!

迷いの森はすっかり葉をつけて、涼やかな道を示してくれる。カサコソ!と音をするほうを見たヨシコは、トカゲの存在に気が付いた。どれどれトカゲを探しましょう。

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余裕のトカゲさん。

ボクが見ていると、ワキの下をせっせと掻いている。それにしても逃げないなぁ。

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迷いの森は毎月歩いているけれど、初めて見る花があった。

ほんの1週間違うだけで、まったく違う姿を見せるのだから、四季折々の比良をかんじるのも大変。それだけ奥深く、楽しいものでもあるのだ。これはウツギなのか何なのか、よく分からないので、誰か教えてくださーい。

※追記:エゴノキでした。

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来てくれてありがとう。

エツコさんと、ほっとママのひと言目がまったく同じだったことに二人して驚いた。こちらこそありがとうございますと日々言いたいぐらいであって、また「ありがとう」と言える人がいるということこそ、「有難い」ものではないだろうか。

その後、H&Mさんも合流して、初産の武勇伝で大盛り上がり!安産の秘訣を伝授されたヨシコは、終始リラックスを心がけている。会いたい人には、約束などなくとも会えてしまうこの不思議。ヨシコリも全身で感じていることでしょう。

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花は落ちても咲いている。

迷いの森の気持ちよい匂いの源は、土に落ちた白い花だった。風で飛ばされても、青い空にむかって、来る人を楽しませてくれている。今年のかんじる比良みたい。どんなことがあってもやがて土にとけて、根から吸収されて、また来年、花が咲く。

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わが隊も秋に向けて準備万端。

比良の突風にも、雪深い道にも負けない乳母車がその出番を待っています。

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バオバブの記憶

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お腹の子どもが大暴れ。

十三は第七藝術劇場で本橋成一監督の「バオバブの記憶」を見ていると、隣でヨシコが慌てている。画面いっぱいに踊る色彩豊かな服で着飾ったセネガルの人々と、スピーカーから大音量で流れるタムタムのリズムに反応したのか、お腹の子が急に踊りだしたらしい。

バオバブおじさん 教えておくれ 千年前 ぼくたちは どんな暮らししていたの?

そう歌われ、何千年と生きものを見守ってきたバオバブの木と、近代化の波との対比。映画館近くでネギ焼きを食しながら、あれこれと考える。これを書いている今でも、バオバブの木と、セネガルの家族の情景とともに、ありとあらゆる思いが繰り返し反芻されるのだ。

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北極しろくま堂でスリング講習会。

十三から三宮まで移動。このスリングは生後2週間くらいから、16キロ(約3歳)まで使えるだっこひもで、抱っこしたまま授乳もできる優れもの。来月の出産にむけてこれにて準備万端。ヨシコも何だか一安心のご様子。

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じゃじゃーん!

スリングの他にもヨシコお手製のよだれ掛け。あまった布でササッと作ったわりには見事である。

さて帰る前に、元町のお気に入りの小さなお店で一杯。新鮮な蛸の酢味噌に、ほんの少しの辛子をつける。これがまたうまいのだ。ゴーヤの冷菜もニンニクがピリリ。鰯の南蛮漬けもビールにあう。店のラジオは定額給付金の財源について異議有と吼え、カウンターの上に置かれたガラスコップの中では、ウドが芽吹いている。するとヨシコが聞いてくる。

前、このお店に来たのはいつだっけ?

確か1年も経っていないと思うも、2人とも中々思い出せず。これでは数百年を誇るバオバブの記憶どころではない。結果、無事思い出せたものだが、最近の記憶力を試そうとクイズ大会へと発展する。問題を聞き逃すまいと集中するヨシコ。どうにか打ち負かしてやろうと考えるボク。

では、最近、2人してはまってしまった鬼平犯科帳より問題です。

元々は蓑火の喜之助配下であり、本格派の盗賊の首領だったのは、大滝の五郎蔵ですが、彼の好物は?

田螺(たにし)の饅(ぬた)!!!

正解ッ!

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民芸のみの市と下鴨神社

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整理番号は29番です。

何?29番?肉?

これは幸先がいいではないか。

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叡山鉄道の木野駅の近く、民芸のみの市は日本家屋が立派な上田邸で開催された。ここには陶磁器、染織品、木工品、古民芸、雑貨が並ぶ。ヨシコがどうしても行きたいというので、早朝から足を運ぶ。近くの竹林では筍がすっかりボクの背丈を追い越していた。

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雑誌「民藝」を立ち読み。

パラパラッとめくると、バーナード・リーチのインタビューが掲載されている。もし生まれ変わるとすればどうなりたいかという質問に対し、私以外何も変わらなくてよいと即答している。人はもっと深く物事を愛し、謙虚になれば同じ環境でも世界は変わるということだろうか。

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何ともいい音がする。

京都民芸資料館では、たくさんの古時計が壁一面で時を刻んでいた。古時計は止まるし、進むし、遅くなるし、かわいいですと、主催者さんのお言葉。明治のものでもばらして、再度組み立てると動き出したとかで、我が子を見るような目で古時計を見守られます。

ちなみにこの京都民芸資料館は、滋賀県蒲生郡日野町の瀬川元次氏寄贈のもので、明治19年創建の土蔵を輸送したもの。石造りの階段が印象的でした。

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ぼろの美。

「もったいない」という精神が美として現れたのだろうか。明治、大正の布を思わず手にとって見てしまう。あちこち継ぎ接ぎされているのだが、それが元の布地と相まって、魅力的なものになっている。継がれて着物として生きた布に貧乏臭さはなく、まだまだ使えるぞと主張するその布を、ヨシコは大切にいただき、平成の世で再度、利用することにした。

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濱田庄司や河井寛次郎の作品に触れる。

いつもならケースの向こう側で鎮座するであろう陶器にも触れられるのがおもしろい。そんな高額なものから100円の陶器まで、ずらりと並ぶのみの市。ヨシコはひとめぼれした器を数点買い求める。その着眼点はヨシコらしいもので、鳥さんが描いてあるからとか、蓋がかわいいからとか単純な理由で手に取る。自分が気に入ったものを買うのが一番なのだ。

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ついでに下鴨神社まで。

叡山鉄道を降り、出町柳に戻るとそこは鯖街道の終点。鯖寿司を頬張ったなら、そこから散歩。下鴨神社のそれぞれの干支の神様にお参り。もちろんお腹の子の干支になる丑年の神様にも手を合わせる。十二単の王朝舞いを垣間見て、子どもの日ゆえに奉納される少年剣道演武、なぎなた演武があるらしく、それぞれ境内で練習されていた。

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糺の森。

樹齢数百年、山城平野の名残りの原生林。街中にポッカリと現れる森の雰囲気に心も穏やかになる。烏(からす)の縄手をのんびり散歩。烏(からす)とは下鴨神社の祭神の一つである八咫烏(やたがらす)の事を指し、縄手とは細くて長い道の事。八咫烏の伝承は熊野をはじめどこにでもあるのだなぁと、今更ながら思ってしまう。

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最後にデザートを。

美しくもられたケーキをいただきながら、大山崎の近くのカフェで雨宿り。今日買った器の話を聞いていると、その器にどのような料理を盛りつけようかと、ヨシコは今から楽しみにしている。そして小雨の中を家路につく。ほどなく雨模様の池から、水鳥の一声が聞こえる。するとお腹の子は雨粒をはらうかのごとく、ブルルンッ!と応えた。

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茶の湯のものづくりと世界のわざ

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フリーマーケット開催中。

万博公園を歩いていると、子ども服や、絵本などが所狭しと並んでいる。ベビーカーが1300円をはじめ、色とりどりの子ども服が100円、小さなクツも100円と知るも、ヨシコが今の気持ちを歌いだす。

とっても安~いけ~れど♪お腹の子、男の子~か、女の子~か分からな~い♪

性別は生まれてきてのお楽しみにしているので、ここはひとまず退散。ヨシコは香ばしいフランクフルトへと駆け出した。

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茶と美-柳宗悦・茶を想う

大阪日本民芸館は何度きても鼻がやられる。ここの空調はどうなっているのだろうかといつも思うが、今日は茶を想おう。さて展示されている鼈甲の茶杓がかわいい。江戸時代の湯釜、明治時代の唐草屏風、昭和時代の・・・。

ん?昭和時代?

自分が生まれた昭和が、すでに過去の時代区分として目の前にあると、時の流れを感じずにはいられない。

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茶ニテアレ 茶ニテナカレ

宗悦の筆で書かれたこの逆説的な掛け軸を見ていると、なるほどなるほどと考える。真を見ずして、カタチに溺れるなかれということだろうか。茶事に心を入れる人は、とにかく茶事に囚われの身となる。そんな不自由さに茶はない筈である。茶はどこまでも茶でありたいが、それは同時に茶であって茶に終わらぬもの、茶に滞らぬものがなければならないと宗悦は言う。

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茶の湯のものづくりと世界のわざ

今回も国立民族学博物館の特別展は興味深い。人々の使い込んだ道具は美しく、また強さを感じるものがある。また駒沢利斎のセレクションには、モロッコのクスクスを入れる器があり、昔、サハラ砂漠で食した味を思い出す。そのような海外の器からも感銘を受け、日本的に菓子器を製作されたあたりなど、物の見聞がいかに昇華されたかという過程が見れて、これまたおもしろいものである。

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我々のように便利な世界で生活をしていると、五感が鈍ってくる。

パプアニューギニアの笛や、メキシコの馬型の貯金箱。彼らは実によく物を観察し、そして独創的だ。彼らはアートという言葉すら知らない。生活のから生まれてきたアートは温かみがあると言うが、まさにそのとおりだなぁと感じる。

手仕事を動詞で考えるというコーナーでは、叩く、鋳こむ、捏ねる、削る、描く、塗る、組む、曲げる、張る、切る、縫うという11の動詞を利用して、千家十職の仕事と、世界の民族のわざとの比較がされ、同じ手作業なのに文化の違いでこんなにも異なる表現になるのかと驚嘆したり、これとこれはそっくりだなぁと地域を越えた共通性を見出したりと飽きることがない。

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実は昨日、友人の二人展にお邪魔していた。

グラフィックデザイナーで版画もする友人と、書家でブルースマンが紡ぎだす物づくり。今日の展示同様、手仕事から生まれるものは千差万別である。この友人は大量生産の時代は終わったと言っていた。今は機械でつくられるものがほとんどだが、手作業でしかつくられないものがたくさんある。そして手作業は人につくる喜びを与え、またその手は心につながっていて、美しく独創的なものになるのでしょう。

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ヨシコよ、普通はフォークとナイフだよ。

フォークと、フォークって食べる気が凄すぎないかい?まさに・・・。

打テヤ モロ手ヲ

ほれぼれと見守るものをいつも目前に見るがよい。両手を打って讃ふべきものを持つことが出来れば、生活は輝く。

柳宗悦の言葉より。

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武奈ヶ岳

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今からあの頂まで登ります。

ここは武奈ヶ岳、西南稜。比良山系の中でも特に雄大な景色ではないかと思う。今日は単独行。標高1000mを越えると日差しをさえぎる木々は何もなく、夏だったら大変だろうなぁと思いながら、春の稜線歩きを楽しもうと歩き出す。

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さてそれより2時間前。

京都は出町柳から坊村行きの始発バスは登山客であふれていた。臨時バスが出るほどの盛況で、一路、大原を抜け、坊村へ。車窓からは山林へと続く道端、お地蔵様が朝日で輝き、鯖街道を駆け上がるサイクラーを抜き去っていく。昭和30年代はこのバスもなく、出町柳からスキーを担いで歩いて坊村まで行く人もいたと聞いたことがある。いつもは琵琶湖から見慣れた比良の山々もまた違った表情を見せているのだ。

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平を過ぎると、そろそろ子どもが川遊び。

その後、坊村に着き、ツバメが忙しなく飛び回る中、ストレッチなどをこなし比良山荘の前を通る。おぉ、家が移動しているではないかと見物しながら、地主神社まで。

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明王谷の橋を渡る。

夏ならばここから入渓して、三ノ滝まで沢登りをする人もいるのだろう。明王院を過ぎると、御殿山への登山口が待っていた。

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何じゃこりゃぁあ!

いきなりの急登である。朝5時半起きの体には辛いものがある。アキレス腱が伸びきるほどの感触は、上高地は焼岳へと続く中の湯の登山口を思い出す。りんどう平まで、どうしてこんなしんどい思いをしてまで登るのだと自問自答したものだ。周りはすっかり新緑で、高度を上げるにつれ陽も差し、キラキラと輝いてくる。適度な水分補給をしながら、どんどん登る。

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1時間ほどの急登と耐えると、緩やかな谷へと入る。

日頃の不摂生が祟る大人とは違い、子どもたちは野を駆けめぐる鹿のごとく軽やかに走っていく。そのお父さんは冬の武奈ヶ岳をご存知のようで、この谷は冬ともなると雪に埋まり、お尻ですべって帰れる場所だと、子どもたちに教えている。そこから御殿山(1097m)へ登るとお腹がグー。そんな時には素麺でもすすりたくなるワサビ峠へと、あちこちに咲いているスミレを見ながら進んでいくのだ。

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振り返れば歩いてきた山々が連なる。

鳥谷山や蓬莱山、京都の北山まで丸見え。そして小さなケルン越えた行く先には武奈ヶ岳が見え、あと少しとばかりペースを上げる。

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坊村から2時間で武奈ヶ岳の山頂着。

360度さえぎるものがなく、琵琶湖やリトル比良の尾根、安曇川や畑の棚田、朽木が眼下に見える。最高の気分。そして標高1214mで食べるお弁当のおいしいこと。ヨシコが朝5時から作ってくれ、今日は存分に山登りを楽しんできてねと、快く送り出してくれたものだ。このおにぎり、その米は針江でつくられたものだから、そちらを向いて、ありがとうございますとばかりに食す。こりゃたまらん!

背後ではおばさまたちの会話がはずむ。

やっぱり武奈ヶ岳は70歳までしか無理よねー!

・・・十分だと思う。

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そこから一気に下山開始。

イブルキのコバ経由で八雲ヶ原へ向かうも、気になっていた望武小屋に気づかず。おかしいなぁと思いながらも、残雪を踏みしめ、沢の音、カエルの声、鳥のさえずり、気持ちよい風の中を進んでいく。冬と春が混同しているような世界。同じ日に味わおうと思えば短時間で南北に旅するか、垂直に旅すればいい。高度の差は季節の差でもある。それが山の面白さだと思う。

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そして豊かな水は登山道へあふれ出す。

琵琶湖側は花崗岩も多く、岩肌を綺麗な清水がさらさらと流れて、やがては海へと行くのだろう。登山靴を濡らしながら歩き続け、昼間の太陽の熱をやわらげてくれる清涼感に助けられる。

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比良スキー場跡。

2004年3月31日をもって営業を終了した比良登山リフトやロープウェイ、そしてこのスキー場。5年後の姿がここにある。巨大なグランドのようで、まだまだ森になりそうもない。しかしながら、いつかのニュースで、人が山上に集わなくなったことで、比良の水質が少しずつ改善され、大腸菌の検出もなく、再び飲めるようなったと聞いた。

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ちょっと危ないかも。

八雲ヶ原の湿原は油がすごい。すっかり虹色の池になっていて、どこぞのキャンパーが垂れ流したのか、何がどうなったのか確証もないが、とにかくとんでもないことになっている。またその上にかかる橋も老朽化が進んでいて、そのまま踏み抜いてしまいそう。金糞峠方面からどんどん流れ、この湿原に入ってくる水が美しいだけに、何とも情けない気持ちになる。幸い踏み抜くことなく渡りきり、そのまま北比良峠へ。

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そもそも比良における生活手段ではない登山は1916年、2名のドイツ人が北比良の人の案内を受けて堂満岳北壁の雪中登山に成功したことに始まると、「比良の父・角倉太郎」という本にある。北比良峠から見下ろす琵琶湖をみていると、彼らが見た景色というのも、さぞ美しいものであっただろうと想像してしまう。ここは琵琶湖から吹き抜ける風が気持ちいい。のんびりしていると、眼下に広がる神璽ノ滝へと抜ける急斜面のザレ場を、おじさんが滑っていった。大丈夫かなぁ?

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イワカガミが群生するする道。

北比良峠からはダケ道を下ると、シャクナゲが満開。山道の両端に咲き乱れ、いい時期に来たものだと、嬉しくなる。そこからはさすが比良。岩がゴロゴロとした道となり、浮石のようになっていた場所で捻挫しかける。踵までの登山靴は必須ですな。助かりました。また岩の上から木々が生えているのを見ると、たくましいなぁと感心してしまう。またあちこちで雪の重みでか木々が倒れ、荒れ放題。沢の音が近づいてくると、そこは大山口。

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とにかく気持ちがよい。

汗まみれの顔や足を清流で潤す。水温は極度に冷たく、凍ってしまいそう。なぜかすぐ横に小さな椅子があって、思わず座り込みのんびりしてしまう。

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ここまで来ると、知った道である。

正面谷をイン谷口まで抜けるのだが、琵琶湖が見えてほっとする。それにしてもアスファルトってどうしてこんなにも固くて、歩きにくいのか。山の柔らかな感触が恋しくなる。

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skogのご主人に見送られ、ほっとすていしょん比良へ。

ほっとすていしょん比良では、ほっとママと、ほっとパパ。ホットコーヒーをいただいていると、葦笛のホットラインさん登場。どこまでもホットのはずが、ロシア人3人来店。ほっとママは最後まで日本語で素晴らしい接客、一部、ボクが英語で通訳。急に多国籍な雰囲気に。ちなみに帰りの電車も横に外人。何で?

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ヨチュオさんお帰り。

気持ちよく送り出してくれたと思えば、何とヨシコが駅近くまで迎えに来てくれる。優しすぎるではないか。

さっそっくヨシコがお腹の子に報告。

もしもーし!ヨチュオさんが無事に帰ってきましたよー!

身重の母ちゃんを置いて、ひとり楽しく山に行くなんてちょっと恨んじゃうよねー。今日はね、父ちゃんのおごりだよ。いつもよりちょっと高いもの食べようねー!

あれ?ちょっと恨んでる?そうなの?

冗談よ。

とりあえず・・・乾杯!!

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