民芸のみの市と下鴨神社
整理番号は29番です。
何?29番?肉?
これは幸先がいいではないか。
叡山鉄道の木野駅の近く、民芸のみの市は日本家屋が立派な上田邸で開催された。ここには陶磁器、染織品、木工品、古民芸、雑貨が並ぶ。ヨシコがどうしても行きたいというので、早朝から足を運ぶ。近くの竹林では筍がすっかりボクの背丈を追い越していた。
雑誌「民藝」を立ち読み。
パラパラッとめくると、バーナード・リーチのインタビューが掲載されている。もし生まれ変わるとすればどうなりたいかという質問に対し、私以外何も変わらなくてよいと即答している。人はもっと深く物事を愛し、謙虚になれば同じ環境でも世界は変わるということだろうか。
何ともいい音がする。
京都民芸資料館では、たくさんの古時計が壁一面で時を刻んでいた。古時計は止まるし、進むし、遅くなるし、かわいいですと、主催者さんのお言葉。明治のものでもばらして、再度組み立てると動き出したとかで、我が子を見るような目で古時計を見守られます。
ちなみにこの京都民芸資料館は、滋賀県蒲生郡日野町の瀬川元次氏寄贈のもので、明治19年創建の土蔵を輸送したもの。石造りの階段が印象的でした。
ぼろの美。
「もったいない」という精神が美として現れたのだろうか。明治、大正の布を思わず手にとって見てしまう。あちこち継ぎ接ぎされているのだが、それが元の布地と相まって、魅力的なものになっている。継がれて着物として生きた布に貧乏臭さはなく、まだまだ使えるぞと主張するその布を、ヨシコは大切にいただき、平成の世で再度、利用することにした。
濱田庄司や河井寛次郎の作品に触れる。
いつもならケースの向こう側で鎮座するであろう陶器にも触れられるのがおもしろい。そんな高額なものから100円の陶器まで、ずらりと並ぶのみの市。ヨシコはひとめぼれした器を数点買い求める。その着眼点はヨシコらしいもので、鳥さんが描いてあるからとか、蓋がかわいいからとか単純な理由で手に取る。自分が気に入ったものを買うのが一番なのだ。
ついでに下鴨神社まで。
叡山鉄道を降り、出町柳に戻るとそこは鯖街道の終点。鯖寿司を頬張ったなら、そこから散歩。下鴨神社のそれぞれの干支の神様にお参り。もちろんお腹の子の干支になる丑年の神様にも手を合わせる。十二単の王朝舞いを垣間見て、子どもの日ゆえに奉納される少年剣道演武、なぎなた演武があるらしく、それぞれ境内で練習されていた。
糺の森。
樹齢数百年、山城平野の名残りの原生林。街中にポッカリと現れる森の雰囲気に心も穏やかになる。烏(からす)の縄手をのんびり散歩。烏(からす)とは下鴨神社の祭神の一つである八咫烏(やたがらす)の事を指し、縄手とは細くて長い道の事。八咫烏の伝承は熊野をはじめどこにでもあるのだなぁと、今更ながら思ってしまう。
最後にデザートを。
美しくもられたケーキをいただきながら、大山崎の近くのカフェで雨宿り。今日買った器の話を聞いていると、その器にどのような料理を盛りつけようかと、ヨシコは今から楽しみにしている。そして小雨の中を家路につく。ほどなく雨模様の池から、水鳥の一声が聞こえる。するとお腹の子は雨粒をはらうかのごとく、ブルルンッ!と応えた。
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