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よしよしプロジェクト

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トワイライトエクスプレスが湖西を行く。

ここは喜撰川のほとり。ひとり歩き続けるボクに、夏の日差しは容赦なく降り注ぐぎ、黒くはっきりとした影を真下に落としていく。きっとあの寝台列車の中は冷房も効いて、贅沢な旅を楽しむ人々であふれているのだろう。長い、長い時間をかけて夢の北海道まで。彼らを見送り、ボクは再び歩き出す。

さぁ、皆様。こちらも長い、長い文章にぜひお付き合いくださいませ。

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どこにあるのかまったく分からん。

水が抜かれた田んぼにザリガニが倒れているほど暑い。樹元神社を過ぎ、どの民家にも玉ねぎがぶら下げられている中を、涼を求めて和邇南浜へおりてみる。春に登った武奈ヶ岳が垣間見え、赤茶けた湖水が足元までくる。そこから中浜へと進路をとる。なぜなら、中浜のどこかに市民による琵琶湖の自然再生の場、ヨシ帯を取り戻そうとする「びわ湖よしよしプロジェクト」の活動の場があるはずなのだ。

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琵琶湖水害と石垣沿堤。

明治の水害の記録によると、最大で約4mの水害がこの地を襲っている。当時、中浜の家屋もすべて浸水し、村人は高台の親類へ避難、又山田に仮小屋を立てて、生活したそうです。中浜には、石垣がたくさん残る。それは琵琶湖水害に対する苦労の証なのだ。

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和邇の人間は、常に飛び出したい性格なのか?

炎天下、歩いていると、何人もの「飛び出し注意君」が乱立している。おそらく30分は歩いたであろうが、人一人、車一台動いていないのに、この標識の多さに感動。とにかく和邇の人間は、細い路地から、または家の玄関から、そして湖から車道へと飛び出すようだ。

気をつけるべし。

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和邇漁港で沈没。

漁港で船が沈んでいる不思議。その横を亀がぷかぷかと散歩している。隔離された水槽の中には、外来魚のおびただしい死体。すると大きなバスが横付けし、そこから農業大学の生徒さんたちが集団でおりてくる。なぜか吸収されるように、そのまま一緒に歩いてしまう。どうもこんにちわ。そのすぐ近くでは誰も使わないバスケットゴールが、ネットを揺らされることなく、広場にポツンと佇んでいた。

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足元をトノサマガエルが逃げ惑う。

喜撰川の河口近くでようやく「よしよしプロジェクト」を発見。八屋戸で切り出された柴など、自然素材を使った粗朶(そだ※木の小枝を束ねたもの)消波提が見えてきた。このプロジェクトについてはある本で知っていた。ならば現場を見てみたい。その思いで足を運んだ今日の和邇歩き。

目の前には、宍道湖で実施されていた竹ポットによるヨシの植栽。それは穴を空けた竹筒の中にヨシ苗を入れて地中に埋め込むことで波による根洗いを防いでいる。そしてこの方法は、2005年には東近江市栗見新田の湖岸に、2006年には高島市新旭町針江へと広がりを見せたのである。

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一度失われたものを取り戻す大変さ。

とりもどせ!琵琶湖・淀川の原風景(西野満知子:著)に掲載されているプロジェクト初期の写真と比較すると、いかにこのヨシ原を復活させるのに時間と労力が必要かということがよく分かる。

失うのは一瞬。この琵琶湖の水も、昭和30年代までそのまま飲めたのである。そんな感慨にひたっている中、農業大学の学生たちはどうやらランチタイム。このヨシが復活した経緯を知っているのかなぁ。でも、きっとこの後、説明を受けるのであろうと思い、彼らの前を過ぎていく。

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めっちゃ魚がいるではないか。

喜撰川河口には小魚から立派な魚まで、ススーッ!と泳いでいる。これは期待できそうだ。この「よしよしプロジェクト」は、もう一度魚が泳ぎ、子どもたちの歓声がする川を取り戻そうと、「魚ののぼれる川づくり」も行っている。そのまま川に沿って上流に向かうも、161号線の橋の下では、川にタイヤが落ちていたり、水量も少なく、これでは遡上できないであろう雰囲気が出てくる。

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プロジェクトの木製箱型魚道に到着。

161号線から湖西線の間にあるのだが、魚影はない。鮎の遡上が見れるかと期待したが、残念な結果に終わる。でも、こういうの好きだなぁ。以前、WWF(世界自然保護基金)と提携して仕事をしたことがあるが、あの寄付金はどこに行ったのだろう。おそらくどこかの森林保護にでも使われたのであろうが、この魚道のように、身近に見守れるものに還元されたほうが、分かりやすいし、何だか誇らしげに見えるのだ。

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お土産はこれで決まり。

ヨシコの喜ぶ顔を想像しながら、ポトリと100円を入れる。うまいだろうなぁ。そしてこの喜撰川の上流には、栗原地区。聞き書き「里山に生きる」の徳岡治男さんが住まわれる地。どうも気になるなぁ。

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和邇から蓬莱まで歩けるの?

朝、家を出る前にヨシコが聞いてきたことを思い出し、道はあるし、歩いてみようという気になる。だが、むせ返るようなイネの香り。アスファルトの照り返し。県道601を夏の真昼に歩くのは過酷なので、やめたほうがいい。

自転車なら気持ちがいいのだろう。歩いていると近江舞子行きの電車にも抜かされるし、ヘルメットはかぶっているが、上下下着、サンダル履いたおじいちゃんが原付で走り去る。暑すぎて息を切らしながら歩くボクのシャツは汗でずぶ濡れになった。

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蓬莱の駅前、冷房の効いた店内。ざる蕎麦をすすっていると隣から会話が聞こえてくる。

実は最近、愛犬が亡くなりまして。

あら、「猿よけ」はどうされますの?イモなど掘り返されますよ。

犬がいなくなりましたから、ブロックで何とかしようかと。

それなら、山に入って石を持ってくればいいですよ。面が平らなものもありますから、そこを合わせて組めばいいのです。

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このあたりは花崗岩ですから、先日のような大雨が降れば土石流になります。気をつけてくださいね。国道まで砂利が来るのです。そんな場所に住んでいるのですよ。

最近は、大阪や京都からこの湖西に人がどんどん移住してきています。あなた方もそうでしょう。木を切り開き、宅地にして住まわれるわけですが、昔から村がない場所は危ないんです。そこは昔、沼やったりするわけです。

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このあたりは杉の植林ばかりで、根も浅く、浜から見ていると、山がどんどん崩れて見えます。根が深くはるものを植えないといけませんなぁ。

そこから会話はこれからの衆議院選挙の話へ。ボクは興味ある話が聞こえてきたものだから、本当かどうか気になってきた。リュックから山の地図を取り出すと、蓬莱から小女郎峠へと抜ける山道がある。途中の薬師の滝までは標高600mぐらい。時間はまだ昼すぎ。これなら大丈夫と、アサヒのスーパードライを一気に飲み干した。

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歩いてものの数分。八屋戸川(砂防指定地土石流危険渓流)。

看板を読んでみると、この土地の区域では、宅地造成、家屋の新築、土採取の行為をする場合は知事の許可が必要とあり、ここにも土石流注意とある。本当なんだなぁと思いながら、湖西道路を横断し、山に入ると、アグリガーデン蓬莱。ここも猿対策であろう、広大な敷地にフェンスと電流が張り巡らせてある。

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アスファルトの山道は苦手。

とくに雨の次の日などは、アスファルト+苔+水滴=滑るという構図になるからである。また下りなどは膝に衝撃がまともに来て、痛くなる。振り返ると、はるか琵琶湖の側に和邇駅が小さく見える。今日も随分と歩いているのだなぁと、どんどん登る。

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アスファルトから山道へ。

下が土壌となると、登るスピードが増す。どこまでも杉の植林地帯。なるほど、裏側の御殿山コースのように保水力のあるブナなどはないわけだ。シダ植物をかきわけて、滝を目指して登りつづける。

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滝はやっぱり気持ちがいい。

ここ薬師の滝まで、蓬莱駅から1時間ほど。小さな落差ではあるが、清涼感抜群。汗にまみれた顔を洗うと、スカッ!とする。山の中で、食べる握り飯もまた格別である。

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何だか巨大な岩から染み出しているみたいで好きだなぁ。

しっかり休憩をとり、綺麗な水で足を洗って、再び靴下を履こうとすると、靴下が裏表逆になっていることに気づく。誰もいない山の中だけど、きっちり表向きにして靴下を履きなおす。そこから一気に下山。蓬莱駅まですぐだった。

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さぁ、早く帰らなくっちゃ。

傾きかけた日差しを避けるように、ベンチに座る。湖西線は本数が少ないから、待つことが多い。蓬莱駅のホームを雷鳥が駆け抜けると、ほてった体を風が冷やしてくれる。待っている間、家族のことを考える。家ではヨシコとヨシコリが土産話を楽しみにしているはずだ。

そしてヨシコリを抱いて、「よしよし」しなくちゃ。

それがボクの「よしよしプロジェクト」なのだから。

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