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2010年7月

はじめての湖水浴

Biwako1

はっけよーい、のこった!

初めて見る広大な湖。そして波打ち際で腰砕けるヨシコリ。今日はとあるフリー雑誌の取材に応じるべく比良に来たついでに、ヨシコリに琵琶湖を見せてやろうと決めていた。

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ギャー!!!!

泣きすぎです。小さな彼女にとって、どうやら湖水は恐怖の対象でしかなく、いつもの小さなプールならば遊ぶのだが、波というものにどうもやられてしまったらしい。親は笑ってしまうも、ヨシコリは必死。

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飯はうめぇえなぁ。

琵琶湖を見ながら木蔭でのんびりする。水上バイクが湖水浴中の親子の近くを波しぶき上げて駆けていく。めちゃくちゃ危ない。芝生の上にいる、獰猛な蟻と戦いながら、浜からの風をカラダいっぱいに感じる。久しぶりに比良に特別な用事、そして予定がない状態で足を運ぶことができた我々は、ゆったりとした時の中を、ただひたすらまったりと過ごすのである。

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おかげでぐっすり。

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ここに蟹がおるでー!

ほっとママに誘われて、ご自宅へ。今宵は、焼き鳥パーティーなのだ。ほっとパパがお気に入りという業務用の焼き鳥機の本領発揮!焼き加減もよし、また何よりもお肉が美味しいのである。昼間、太陽の下で心行くまで遊んだカラダにビールが染み渡る。蓬莱山の方向へ陽が傾き、夕闇が近づくと、近江舞子から花火が打ちあがる。焼き鳥を頬張りながら、夜空を飽きることなく眺めては、またビールを傾ける。そんな心づかいに、心より感謝。

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浜風に吹かれて。

街にいると、遊ぶたびに「消費する」という概念が付きまとう。例えば、それは食費であったり、映画代であったり、何かしら満たすために消費するのである。それがつづくとどうも心までが疲弊してしまうのは、私だけだろうか。今日したことは、浜風に吹かれただけであるが、心がすっかり満たされた自分がいる。いつかわが隊が日々、まったりと過ごせる場所が見つかればいいなぁと、今にも眠りそうになる夜汽車の中で考えてしまうのだ。

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七三分けのおっさんとヒッピー

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ケケケケケー!

七三分けのおっさんみたいな髪型をしたヨシコリは、暑すぎたのであろう。新生児のときに使っていたお風呂をプール代わりに遊んでいる。はじめは躊躇していたその行動も、慣れてくるとボールをバシャバシャと放り投げては、ウー!とおっさんみたいな低い声を出す。

Mousyo2

ダレー!

そうかと思えば、すぐに読書家に戻り、気になるものを指差しては、「これ誰ー!」と聞いてくる。我が家にある書物がいいのか悪いのか、大抵、彼女が気になるもの。それは「ヒッピー」である。これを説明するのが非常に難しい。自然に回帰すると伝えてもよく分からないだろうし、とりあえず、おもしろい髪型だねー!とか、見たままを伝えることで背一杯。いつか彼女も、その精神の確信を知り、自ら判断するのでしょう。

ちなみに彼女は非常にギターが好きである。丑三つ時に、アコースティック・ギターにつかまり立ちをしては、ボーン!ボーン!と、大人顔負けの美しさでEの音を指ではじいて、ニヤリと笑っているのである。

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頬っぺたが落ちるということ

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ハモの湯引きがたまりません。

京都はもうまもなく祇園祭を迎えようとしているが、街の喧騒をよそに、ここ瓢樹は、京都の街中にありながながら、落ち着いた空気に満ち溢れている。漆黒に黒光りした大きなテーブルの上に、所狭しと季節の食材が並ぶ。一箸、一箸、思わずうなずいてしまう、素材が生きた味である。

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たまらーん!

ヨシコリは最近、美味しいと、頬っぺたを支えるポーズをとる。これはまさしく、頬っぺたが落ちることを防ぐ、本能がなせる所作ではないだろうか。

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例えば、皿をかじるほど美味しい料理に出会った日には。

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美味しいー!たまりまへーん!

と、頬っぺたを支えるのである。

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むしゃむしゃ!

鬼の形相で食べるヨシコリ。食に貪欲な人間は良い。好き嫌いがないのはもっと良い。そういえば、ハモという和名も、よく咬みつくことから「食む」(はむ)が変化した呼称といわれるそうな。ヨシコリよ、食せよ、食せよ。我が家は畑から取れたものや、季節の素材そのものを味わえるよう、ヨシコが手間隙かけてくれたものだけが食卓にのぼるのだから。正直、ヨシコリの離乳食を口にしたとき、これは美味い!と唸ってしまったものだ。

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肥えた舌は、美味しい家庭料理を作る基礎となり、また、美味しい家庭料理を囲んで笑える家族は、それだけで一味も、二味も違う日々を送れるはずなのだ。そして素直に美味しい、頬っぺたが落ちると言えることは、それだけで十分、素敵なことなのだ。

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ヨシコリ、大地に立つ

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クララが立ったー!

いや、ヨシコリが立ち上がった記念すべき日。気がつけば、立ち上がり、何故か拍手をしているのである。それはまるで、今日は自分を褒めてあげたいです、と言わんばかりに、盛大にたたくのである。それもそうか。人生で初めて立ち上がった日なのだから、嬉しいのであろう。…が!

Tatsu2

その翌日からも、盛大に拍手するのである。

なっ、何故だ。ヨシコリよ。嬉しさをカラダ一杯で表現しているのであろう。とにかく嬉しそうなので、毎回、拍手をかえしてしまう親達。うーん。これでいいと思う。

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