針江(生水の郷)

1400万人の飲み水のために針江で藻刈りをするのだ

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モンドリを引き上げると、中には大きな魚と、ザリガニが入っている。それを無造作に岸辺に係留している田船の近くに放り投げ、藻刈りボランティアを乗せた船は河口にむかう。藻を刈ることで、水の流れがよくなり、ゴミもたまらず、魚が湖から上がって来やすくなる。胸まで水につかりながら、鎌を振るう学生たち。今日だけで数十トンの藻が刈られるのである。

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ボクたちは第2便で到着したため、鎌が足りず、針江集落近くの藻を手作業で刈ることに。湧き水の水温は15度ほどで、冷たくて足の感覚が麻痺してくる。おじさんが、子どもの頃はこの池でよく泳いだが、冷たすぎて10分も入られなかったわと笑う池で、1時間ほど藻を刈る。妥協を許さない性格のヨシコが通り過ぎた場所には、何ひとつ残らない。文字通り根こそぎ藻が陸へと放り投げられ、岩の間を魚たちが逃げ惑うのだ。

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刈っていると、ゴロゴロと雷鳴。かの「高島しぐれ」が来るのだろうと思って、地元のおじいさんとお話していると、いやぁ、この雲は流れるだろう。でも落ちて欲しいなぁと2週間も降らない雨を請う。するとどんどんと暗くなり、雷光一閃、バケツをひっくりかえしたような雨が地面をたたきつけた。

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ヨシコが揚げる鮎は衣たっぷりで、彼女自身が困惑している。ボランティア活動終了後、針江の方々からおにぎりと、流しそうめん、鮎とヨモギの天ぷら、きゅうりの漬物が振舞われた。もちろん土砂降りの中だから、これぞまさしく流しそうめん。全員、ずぶ濡れで大笑い。でも雷が近くに落ちた瞬間、我先にと公民館に逃げ込んだ。それでも皆の顔はゲラゲラと晴れやかなのだ。

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生水の郷の代表が、この藻刈りをふくめ針江の小さな活動は、関西に住む1400万人の飲み水のため、そして琵琶湖を美しく、この地を原風景に戻すための一歩であると締めくくる。源流の針畑郷では、琵琶湖の恵みがどこまでも続くよう祈りをこめたどんどが冬の夜を焦がし、その下流である針江では、このような地道な活動がなされている。その水は琵琶湖にそそがれ、淀川をくだる。そして大阪にあるボクの家の蛇口から、様々な人の想いが込められた水がほとばしり、それはやがて大阪湾へ、そして大きな海へと帰り行く。

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さぁ、我らも帰りましょう。それにしても当たり前のように蛇口から出てくる水が、上流に住む多くの人の想いとともにあることを実感するたびに、大切に使おうと思える。当たり前のように使っている水を失って、はじめてそのありがたみに気づく前に、この水がどこから来たのか、それを体感すると、誰でも意識が変わることだろう。

ヨシコは言う。チャゲ&飛鳥を聴いていると、子どもながらにチャゲっているの?と思ったことがあるわけ。でも飛鳥涼だけになったとき、失ってはじめてチャゲのありがたみに気づいたわけ!あのハモリが必要なのよっ!

うん、うん。

この問題も、それに近いものがあると思う。

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湖西のヨシ刈りボランティアは、雨の匂いと豚汁の香り。

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カヤネズミの巣。

湖西は新旭町でヨシ刈りをしていると、地面から1mほどの高さに、草でできた巣を見つける。事前にカヤネズミの巣があれば環境課の人に連絡するよう言われていたので、皆で大慌て。口々に市の人ー!写真の人ー!など言うものだから、誰が誰を呼んでいるのか分からなくておもしろくなる。

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その後も巣を2つ発見し、報告。朝から3時間、小雨ふる中、ヨシ刈りはすすむ。昔は稲刈りで鎌を使ったもんで、これぐらいの面積だとあっという間に刈ったものだが、疲れるなぁと、ボクの横で鎌をふるうおじさんが笑う。それでもへっぴり腰のボクよりも数段に早く、美しく刈り取っていく。

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刈り取った葦(ヨシ)は、竹でくまれた櫓に立てかけていく。理由を聞くと、そのまま寝かしておくと下から腐ってくるので、雨が降ってもスルリと地面に流れ、腐りにくくするためだそうです。また葦(ヨシ)と葦(アシ)の違いについて調べてみると、基本的には同じものみたいですね。滋賀県のヨシ業者はヨシの近くに生えているオギ(オギではなく、ヨシの亜種ではないかという説もあります)のことをアシと呼んでいます。オギはヨシと比べて商品価値がないので悪し(アシ)とし、ヨシは枯れた茎の中が空洞ですが、オギは海綿状のものが詰まっているそうです。刈っていると中が空洞と、ピンク色のものがあったけれど、その違いかなぁ。

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弁当忘れても、カサ忘れるな。この地に40年住むMさんが教えてくれた高島時雨(しぐれ)。でも一生懸命、汗を流したあとはカサを忘れても弁当忘れるなという気分。公民館で朝からMさんやFさんが握ってくれた地元の有機米と、温かな豚汁を、持参した食器に入れてもらい、すっかり雪化粧の伊吹山と、水鳥が多い湖岸を前にハフハフといただく。豚汁の香り、カラダの奥底から温まる感覚は格別。さぁ、家に帰ろう。そしてヨシコは遠い道のりを前に歌い出す。

あ~♪ご飯~遥か~遠く~♪早く~食べたい~♪

えっ!?

まだお腹減ってるの?

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川端の生水で炊くごはんは、針江のお母さんの味がした。

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今日はここが台所。

湖西にある集落、針江で森吉男さんの民家に宿泊させていただきました。Fさんの案内で通されたところは広々とした一軒家。そこにガラガラガラー!っと玄関を開けておじいさんが入ってくる。今日はお客さんが来たのか?皆での鍋はいつやったかいな?薪も切らんとなと、Fさんとお話をして帰っていく、のどかな朝。

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この川端(かばた)は、生水(しょうず)と言って比良山系からの恵みがコンコンと湧き出すところ。魚もカニも住み着くこの水でのむお茶とご飯は本当においしいのだ。もちろん川端という名のとおり、この台所も川の水である。その水は洗い物など全ての生活に使われ、食べ残しも川の魚たちが食べてくれるので美しく、水との関係が豊かになればなるほど、心も豊かになるようなそんな地域なのです。

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日野町の商工会議所、視察団の人たちと合流して、この町をMさんに案内してもらう。年中、12~15度という一定した水温のため、12月だというのに梅花藻(ばいかも)が少し咲いています。生活用水として使われるこの川の水は、上から下へ、信頼と安心といたわりの水と呼ばれる。そこにはボテジャコと言って、タナゴの一種が泳ぎ、また鮎も遡上してくるそうですが、不思議と外来魚はいないとか。ニジマスを見ると、日野町のおじさんたちが、「塩焼き」にしたらうまいだろうなぁと、目が子どものようになるのです。

そんな町でも道路建設はあります。立ち退きしたのち、コンクリートの高架が立ち並ぶ。それでも以前までコンコンと湧き出た水は枯れることなく、道路のそばで人々に山からの恵みを今日も与え続けているのです。そして効き水をしてみると、どの湧き水も味が違っていることに驚きました。

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近くで採れたほうれん草。ここは完全自炊なので、ヨシコさんが手際よく手料理を作ってくれる。ご飯の甘い香りが漂ってきて、水がおいしいのだから、その味はもう想像できるだろう。まるでもち米のようなつやつや、ぷりっぷりのご飯が炊き上がって、どこからともなく聞こえるヨシ笛の音を聞きながら、コタツを囲んで一晩を過ごす。湧き水のお風呂を入れて、湯気立つカラダを布団に入れれば、もうそこは夢の世界。明日のボランティア活動にそなえるのです。

※針江地区は生活の場であって観光地ではありません。詳しく知りたい方は針江生水の郷委員会までルールを守ってお訪ねください。

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