まったりし隊の旅日記

田歌舎

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静かな世界。

音もなく振り続ける雪。

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ヤギさんに、ご挨拶。

今日は、森のようちえんのメンバー総勢20名と、京都、美山にある田歌舎にお邪魔する。ヨシコリは、ヤギに頭突きされ、目を丸くしながら、宿舎へ。

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薪ストーブの温もりと、何だか懐かしい雰囲気。

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ヨシコリはさっそくピアノに夢中。

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ヨシコは活動の一部始終をカメラに収める。

来週は、森のようちえんの写真展。その準備にむけて余念がない。どこに行っても、我々は、同じようなことをしているなぁと思う。ボクも2日前に、森のようちえんの概要チラシを仕上げて入稿したばかり。仕上がりが楽しみだ。

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命をいただく。

田歌舎のスタッフの方は、猟師でもある。雪を鮮血で染め、捌かれていく鳥獣。

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猪肉、鹿肉、鶏肉。

内臓も、レバーなど生でいただく。今まで食べたことがないような、弾力、歯ごたえの肉。美味すぎる。美山の自然の中をかけていた、強靭な力を咀嚼し、我々の明日への活力とする。

ちなみに、たまたま持参していた本が、吉村昭の「羆嵐(くまあらし)」。1915年の三毛別羆事件を題材にした小説であるが、 熊が数度にわたり民家を襲い、熊の領域に踏み込んだ当時の開拓民7名が死亡、3名の重傷者を出した惨劇。「共生」ではなく、「死闘」。命のやりとりを、現実と小説の中でかみ締めることとなった。

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代表の藤原誉氏。

子どもの教育について、そして田歌舎の活動について。熱い話は深夜まで続き、ビール、日本酒、ワイン、焼酎と、空瓶が量産されていく。

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子どもたちは、途中でダウン!

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おやすみなさーい。

山男の藤原さん、かなりの千鳥足。自宅までの数メートル、凍った雪の上で2度も転倒。猟師といえど、酒の神様には勝てぬと、皆で大笑い。

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自然のスベリ台。

翌日は、真っ白な斜面を、大人も子どもも、どんどん滑る。

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ヨシコも、参戦!

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子犬と戯れる、ヨシコリ。

この後、カマクラでのんびりした後、寒さにぐずりだし、宿舎へ退却。

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巨大な雪だるま作り。

大きな田んぼの上は、今や大雪原。子どもたちとともに、せっせと作る。

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笑顔をかいて、出来上がり。

一人ではできないことも、メンバー総出でやれば、見事に完成。冷えたカラダを温めようと、メンバーはカップラーメンを取り出すも、普段、カップラーメンを食べない人達ばかりなので、お湯を入れるのか、どうすればいいのかと、ひと騒動。

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よく遊んだ2日間。

ヨシコリは送迎車に乗り込むなり、睡魔のお迎えに逆らわず、夢の中。大人たちも、次々に夢の中。最寄り駅に着き、目を覚まし、フラフラと家路についた。

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草木染め 大原工房

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はじめての家族旅行 大原編 第3部が始まるよー!

長い話でゴメンなさいね。

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さて、大原2日目は、朝から小雨が静かに降り注ぐ。山間を薄霧が立ちこめ、雨の大原もまたいいものだなぁと歩く。宿から大原工房まで歩いて10分ほど。昨日のお誘いもあったので、これも何かのご縁とばかり、足を運んだ。

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色とりどりのカラーはすべて自然の産物。

工房で草木染めの体験を申込み、ハンカチとティーマットを染めることにする。ハンカチはオレンジ系に、ティーマットはモスグリーンにしたいと伝えると、さっそく工房のご主人が何やら植物を煮出しはじめる。

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さて、赤い色は何から染めるでしょうか。

ご主人のヒントは、赤い根。ヨシコは、2秒ほど考えて…。

ネアカ!!!

ヨ、ヨシコよ、根暗みたいな言い方して。ご主人による正解は…。

アカネです。

アカネは根っこが赤いからとも、また茜という漢字を見てみると、草冠に西。つまり夕陽で染まる赤を想像してしまう。

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身近な草花を絵の具ように駆使して染め上げるそのお話は、聞いていて飽きることがない。貴重なものを使うのではなく、生活のすぐ近く、身近な素材で楽しめる草木染め。ただ色をつけるだけでなく、様々な効用がある。

例えば、ジーンズに使われるインディゴ。そもそもジーンズは仕事着であって、インディゴで染めることで、防虫効果を生み出す。また、インドのサドゥ(苦行者)が着る服の黄色は、ウコン。お腹がいたくなったときに、かじることで、整腸を促す。赤ちゃんには枇杷(びわ)。殺菌作用が強い。

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着ているものが身を守る。

ただ美しいだけでなく、そこには意味があって、それを理解しながら楽しむと、さらに深みを増す。着ているものが身を守るという、その考え方は、風の谷のナウシカにもあって、オームの血を浴びたナウシカを、オームは決して襲いはしないと日焼けした顔でご主人は言う。

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完成でーす!

ハンカチはヨシコによって絞り染めされ、何だか面白い文様となる。これにはちょっと、はまりそうです。

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ムキムキだったねぇ。

草木染めの体験を終わると、いつの間にか快晴に。前日、ご主人がムキムキか気になっていたヨシコはニヤリと笑う。眼鏡の奥で、澄んだ目をしたそのご主人には、様々なことを教えていただけました。本当に感謝。

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勝林寺の仏さんはねぇ、中井貴一に似てるんだよ。

呂律茶屋のご主人は、笑いながら、いやいや、中井貴一が似てるんだったとすぐさま訂正する。京都のイケメン仏像について熱く語るご主人が作る、厳選された国産の蕎麦粉と大原の清水で精魂こめて打たれる蕎麦は、これまた美味い。さっき採れたというトマトをいただきながら、太陽に照らされる杉林を仰ぎ見る。バスの発車まであと数分。いよいよこの旅も終わり。バスの車窓の後ろへと消えていく里山の風景とともに、再び日常の世界へと舞い戻る。どれもこれも日常だという認識があるのだけれど、何故かそのように感じてしまうのだから仕方がない。

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それでは皆さん、また会う日まで。

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寂光院と大原の里

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はじめての家族旅行 大原編 第2部が始まるよー!

長い話でゴメンなさいね。

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宿の部屋窓から見た景色。

そもそも、この家族旅行計画を打ち明けたときにヨシコが真っ先に言った言葉が、テント担がなくていいの!?寝袋持参じゃなくていいの!?と、いつもの旅スタイルではない驚きだった。

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思い返せば、ヨシコとの2人旅は、そのほとんどテント旅である。ある時は公園で、ある時は海辺で、ある時は山の中でと、 車とお金がない2人に、自由な旅を約束してくれる旅スタイル。今回、巨大なリュックを背負っていないことに一抹の不安をいだいたものだが、畳の上で夜を明かすなど、ましてや、お風呂まであるなんて。えっ!?雨の心配もいらない?森の中に薪を拾いに行かなくても、ご飯が出てくる?えぇぇ!!何て贅沢な話だ、オホホホホー!ってな具合に、ついつい調子に乗ってしまう。

さて…。

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あら、素敵なQ&Aね。

テーブルに置かれた民宿の説明冊子を見てヨシコが言う。そこには、「周囲が山々に囲まれていますので、虫さん達も時々遊びにやってきます。虫さん達がおじゃまな時は、フロントに虫さんにお家へ帰ってもらうスプレーなどご用意がございますので、お気軽にお申し付け下さい。」と書かれてあり、何ともほのぼのとしてくるではないか。

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まだ少し時間があるなら。

民宿の近くにある寂光院を訪れる。紅葉の季節はさぞ美しいだろうなぁという階段を登り、優しく佇む本堂を見る。

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相変わらず鯉を見て、「おとと」と言ってヨダレを流すヨシコリ。

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うえーーん。

さすがのヨシコリも体力の限界!気力も無くなり、宿に戻ることになりました。日頃の疲れをゆっくりと癒してもらおうと、ヨシコを先に露天風呂へ。僕はヨシコリとともに、露天風呂に入ることにする。

ササッとヨシコリを脱がせ、男湯へ。すると、先客を見た瞬間、ヨシコリは、

あーー!

と言う。これこれ、男を見てそんな声を出さない。まだ1歳ではないか。頭から湯をかぶせ、ゴシゴシとあらってやる。ヨシコリは気持ち良さそうに露天風呂に入り、周りの木々、そして鳥のさえずりに耳をかたむけている。湯口でバシャバシャと遊んでいると、ガラガラッと入ってきた全裸の男を見て、ヨシコリが、

あーーーー!

と再び絶叫する。そこには白人男性の巨大な姿があり、ヨシコリは肝を潰したらしい。あれほど遊んでいたヨシコリもピタッと動きをとめて、白人の動きを目で追い続ける。これこれ、ヨシコリよ、男を見てそんな声を出さない。まだ1歳ではないか。

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スミマセン、タオルハドコデスカ。

ヨシコリの頭を拭いていると、白人の友人らしき韓国系アメリカ人が声をかけてくる。タオルは部屋の中ですよと、英語で答えると、おぉ、ちくしょー。まだ湯船にいる白人と何やら話して笑っている。するとその大男がタオルがないために、小さなドライヤーで体を乾かし始めたため、それが可笑しくて、少し濡れているが、このタオルを使うかと差し出すと、ありがとうと言って喜んだ。

互いに自己紹介をし、彼らが日本で英語と音楽の先生をしていること、故郷が南アフリカであること、またJポップの「いきものがかり」 が好きなことなど、脱衣所で談笑する。何だか、久しぶりに海外のドミトリーの雰囲気を味わって会話していると、柱の影で、全裸のヨシコリが異国の言葉を話すボクを見て、不思議そうな顔をしていることに気づき、あわてて服を着せ、彼らと別れる。外ではヨシコが少し待っていたようで、詫びながら部屋へと入った。

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味噌がたまりませんな。

ご飯がお代わり自由なので、お腹がちぎれるほど食べる。野菜もとても元気で、鍋なのにコリコリと歯ごたえのある鶏肉とともに、胃袋の中へ。ヨシコリは、ほかのお客さんのところへ愛想を振りまいては、ボクとヨシコが急いで連れ戻すことの繰り返しで、何だか目まぐるしい夕食に。

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眠たくてたまりません。

夜、20時だというのに、ヨシコリが寝てしまったため、電気もつけられず、布団でごろごろする我ら。トランプも、本も、何も娯楽を持ち合わせていなかったので、旅先でのお決まり、シリトリを。今回のお題は食べものということではじまる。最初は調子よくすすむも、やはり長くなると、さすがに苦し紛れにボクが言う。

えーっと、生チョコロール。

ル!?ルームサービス!

エッ!?ルームサービスって食べものなの。

まぁ、大きく言えば食べものじゃない?と反論するヨシコ。

気を取り直し続けることさらに5分。ボクが言う。

カツオ。

お腹いっぱい。

えっ!?ヨシコよ、それって感想やん。

もう何でもいいのよー!!

暗闇の中で奮闘する我らの声を聞いているかのように、優しくライトアップされた木々が窓一面を被い、秋を迎えようとする虫たちの声の中でいつの間にかまどろむ。我が家とは違う天井を最後に見たかと思えば、次の朝を迎えることになった。…第3部へ続く!

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えっ!父ちゃん。まだ続くの?

そんな予定、どこにも書いていませんけど?

ゴメンな、ヨシコリ。今回、しっかりメモ取ってん。

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はじめての家族旅行

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僕らはみんな~♪生きている~♪生き~ているからヨシコちゃん~♪

「手のひらを太陽に」を一部、歌詞を変更して、ご機嫌で歌うヨシコ。そう、ヨシコリが生まれて初めて、家族で外泊する旅に出るのである。

昨夜から身も心も解き放たれたヨシコは、食欲の翼を空いっぱいに広げ、ヨシコリに言う。

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ヨシコリ~♪明日は、食べ放題だよ~♪あれもパクッ!これもパクッ!ってしちゃおうねー。ららららら~♪一張羅に着替えなくっちゃ。でも、わたしの一張羅、何年も同じだから、いつごろ行ったのか、毎回同じ服の写真を見ても分からないよね~♪ららららら~♪

そんなヨシコを乗せた京都バスは国際会館を離れ、比叡山の麓を走っていく。川沿いと走ること約20分。

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やって参りました、京都は大原です。

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はぁあ、美味しいわぁ。

着くなり、紫蘇ソフトクリームを頬張るヨシコ。「歩く・見る・聞く・食べる」が基本姿勢の我が隊は、相変わらず里山を歩き回る。稲刈りも大部分で終わっており、コスモスがこれから咲こうとしている棚田を過ぎる。彼岸花はまだその花をまだ内に秘め、見下ろす里山を前に、ヨシコリは僕の背中で寝息をたてている。そんなのどかな時間を切り裂くように、ヨシコが叫び出す。

ん!?あーー!!!

ど、どうした、ヨシコよ!

と、父ちゃん、この紫蘇アイス、コーンの先までぎっしり入ってる!

…あっ、そう。

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何これー!

三千院の庭を眺めるヨシコリ。その佇まいを子どもながらに心のどこかで理解しているであろうと言う親心を、完全に裏切るかたちで、ヨシコリは大きな仏様にむかって、

レロレロレロー!ダァー!!!

つまり、「いない、いない、ばぁ」 を大きな声で繰り広げる。

ちょっ、ちょと待て、ヨシコリよ、誰でも「いない、いない、ばぁ」をすれば喜ぶのではないのだよ!しかも仏様にむかって!しかし、悲しいかな、蛙の子は蛙。この度の様々な場所で、それを再確認することになろうとは、この時はまだ思いもしなかったのである。

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えへへへへへー。

三千院の池の中を泳ぐ美しい鯉に珍しく見とれているなぁと、ヨシコリの目線までかがんでヨシコリを見ると、上からでは帽子で分からなかったが、彼女のヨダレがすごいことになっている。

ハッ!ヨシコリの目が、鯉を完璧に食料として認識しており、「おとと、おとと」と、日頃、大好きな焼き魚を意味する言葉を、小さくつぶやいているのである。こ、この食欲。思わず親蛙であるヨシコを見てしまうが、ヨシコはあら?どうしたの?という目線をくれる。

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チュン、チュンがいるよー。

ヨシコリが鳥を意味する「チュン、チュン」を、ある絵画を見て言葉として発すると、それを聞いたヨシコが、あら、惜しいわねぇ。ヨシコリちゃん、これは水鳥で、どちらかと言うと「ガー、ガー」って言うのよ。まだ子どもだから、きっと区別がつかないんだねぇと、優しく諭す。そして次の「木の上に座る猿」の絵を前にしたとき、ヨシコの言葉に僕は衝撃を受ける。

あら、ヨシコリちゃん。これはモグラよ!

エーーッ!モグラが木に登るー?どっから、どう見ても猿である。思わず親蛙であるヨシコを見てしまうが、ヨシコはあら?どうしたの?という目線をくれる。思わず、猿でしょ?と訂正するも、あら、父ちゃん、世界をいつもの視点で見ては、大切な何かを見失うわよ!と、えらく哲学的なことを言うので、そっとしておいた。

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はぁあ、今日も、お母さんの突拍子もない話をメモ、メモ。

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三千院から宝泉院へ。

拝観料の高さに、貧乏暮らしが長い我が隊は慄くも、はじめての家族旅行だから、奮発?しましょ!と門をくぐる。水がどこかで流れる音、そして石でできた楽器の音色が心地よい。囲炉裏を前に、ヨシコが心静かに座に座る。そして穏やかな顔から一変。

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仁義を切っておくんなせー!!!

ど、どうしたヨシコよ。急にそんなこと言って。

いやぁ、最近、浅田次郎のプリズンホテルを読んだばかりで、ちょっと思い出してしまって。庭先でも「仁義を切っておくんなせー」ポーズ。きっと「お先にどうぞ」ポーズであろうと信じて、そっとしておく。

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まぁ、抹茶でも飲んで、心鎮めておくんなせぇ。

さて有名な庭を前に、住職さんらしき方が、様々な説明をしている。書院のこと、樹齢700年の五葉松のこと。赤い敷物の上に座りながら、講釈を聞いていると、いよいよ血天井の話しになる。

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司馬遼太郎の功名が辻。

最近、読了したばかりだったので、生々しく耳に入る。留守居役の鳥居元忠ら数百名が伏見城で石田光成の軍勢にやぶれ力尽き、彼らの遺体が数ヶ月放置されたその床板には、鎧の後、人の顔が血糊によってくっきりと残っているのが見えた。

同じく聞いていた人々が息をのんで天井を見上げていたとき、その恐怖に耐えられなくなったひとりの子どもが絶叫する。

アンパーーンチッ!!

振り向くと、ヨシコリが恐怖を振り払うかのように、アンパンマンの必殺技を叫んでいる。どうやらアンパンチで悪霊と戦うつもりらしい。それがあまりにもかわいくて、そうだヨシコリ、数百年前のことを考えるよりも、今を生きよと、アンパンチのあと、ひたすら「おっぱい」を連呼する我が子を抱きかかえる。ちなみに、お母さんが旅の最初で歌っていた「手のひらを太陽に」の作詞も、アンパンマンの「やなせたかし」だからねと思いながら、我が隊はお腹を満たすべく落ち延びた。

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うますぎるー!

小の山荘で、十割蕎麦とビールに舌鼓。目の前では、無塩のうどんを奪い合う親子。青々とした豊かな庭の横でいただく蕎麦は、しっかりとした鰹出汁、ツルッとした咽喉越しで、少し疲れた身体を癒してくれる。

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歩くからこそ見える景色。

我が隊は相変わらず車がないので、のんびり、まったり散策する。川の中の魚影を追ったり、米粒の重さでうなだれた稲穂を触ったりしていると、心ものんびりとしてくる。

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田んぼの横にカモ。

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日が暮れるまで歩いて笑う。

疲れたら道端の茶屋に腰かけ、紫蘇ジュース。

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200円でいいんですかー!?

手ぬぐい好きのヨシコが手ぬぐいを見つけ、そのデザインのかわいさと、その安さに驚きの声をあげる。手ぬぐいを販売されているご主人に、手を振り別れ、大原工房・草庵へ。わっぱ堂の横で、お茶をいただきながら、化学繊維でなければ何でも染まりますよ~。実は染めているときに着ている服が一番、染まりますけど、と言うお姉さんに興味ある草木染めについていくつか教えてもらう。

時間があれば、大原工房で体験ができるからと案内を受けるも、体験をする場合は、一度、電話が欲しいと聞く。理由は、経営されている父がすぐに泳ぎに行ってしまうからとか。それを聞いたヨシコが笑いながら、

お父さんは、ムキムキですか?

ヨ、ヨシコよ何を聞くのかね、と思っていると、お姉さんも少しはにかみながら、

ムキムキです。

そしてこのムキムキ具合を、翌日に確認することになるのだが、それはまた後日。

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いらっしゃいませ~。

今宵の宿は、民宿、大原の里。添加物を使わずこだわりの製法で仕上げた自家製味噌と、太陽をいっぱいに浴びて育った京野菜、赤地鶏を堪能するのだが・・・。第2部へ続く!

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えっ!続く!?

父ちゃん、この話、長すぎない!?

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鬼平犯科帳ロケ地巡り

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あたし、五郎蔵さんの気持ち分かりますよ。

すっかり鬼平犯科帳の密偵、「おまさ」になりきったヨシコは、大沢池の水面を見ながらつぶやく。人は川や池、海などの水辺を前にして、本当の心の内を吐露してしまうのかも知れないなぁ、と妙に哲学者ぶった顔をして、密偵ごっこに心酔しているのである。そのまま前に倒れて、浸水してしまう前に、大覚寺へと誘った。

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ケケケケケー!

本日は、まったりし隊の特別企画「鬼平犯科帳ロケ地巡り 」とあって、フロレスタのドーナツを頬張りながら、コンパスで書いたような丸い顔をして、ヨシコが笑う。鬼平と言えば、やはり、「食」でしょうと、まだ嵐山に着いたばかりなのに、ヨシコは「おつとめ」を始める。さて、美味しい匂いはどこかしら?

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暑い日は、蕎麦に限りますな。

同心になりきって、蕎麦をすする。茶碗酒に、蕎麦を食しながら、格子の向こうに、盗賊は現れぬかと、 見張っていると、やはり現れたは、盗賊「BB弾のおよし」。カリッとした鶏の天ぷら、とろろ飯、九条ネギの蕎麦を「いそぎばたらき」。あれよあれよと、完食。ごちそうさまでした。

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あたし、五郎蔵さんの気持ち分かりますよ。

どうも、盗賊「BB弾のおよし」は、池の前になると、すぐに密偵の「おまさ」になるらしい。広沢池の前でも、大沢池と同じセリフを言う。その横では、小学生たちが、立派な釣竿でザリガニを釣り上げる。そんな中、ヨシコは、「ザリガニなど手で捕まえるものなのだ」と、長谷川平蔵になりきり、はぁあ、忙しい女子だなぁと、ヨシコリとボクは思うのである。

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歴史的風土特別保存地区。

この嵯峨野は、歴史意義を有する建築物などが周囲の自然環境と一体となって、歴史的風土をつくっており、京都市では現状変更行為を厳しく規制している。

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こんもり山!

そう身体いっぱいで表現するヨシコ。山々に鉄塔がなく、長き電線が張り巡らされていない風景を見るのは久しぶりだなぁと思いながら、緑眩しい田園風景の中を3人で歩く。ヨシコリは背中で寝息をたて、ヨシコは…。

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直売所で鼻息をたてた。

あら、美味しそうだわねぇ。

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鬼平犯科帳を表す言葉。

人間はよいことをしながら悪いことをし、悪いことをしながらよいことをしている。何と、素敵な言葉だろう。今日のヨシコリに当てはめてみると、笑顔でボクに背負われ、道行く人に愛想を振りまきながら…。

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隠れて、これでもか!というほど、ボクの髪の毛を引っ張るのである。

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あぁ、素晴らしき鬼平犯科帳の世界。

大覚寺から嵐山に戻り、竹林を歩き、野宮神社、亀山公園を周る。すると急にヨシコが立ち止まり、あら、「杉下右京」さんの守りを、引き継ぐ人ができたわ!と、ポスターを見つめている。ドラマ相棒もシーズン8のあと、どうなるか心配だったのよ、とばかりに嬉しそう。でも、どの役者さんが、「右京」の守りを引き継ぐのかしらと言うので、見に行くと…。

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絶対、右京区!!!

役者じゃなくて、本物(警察官)!恐るべきヨシコの「勘ばたらき」。

ちなみに鬼平犯科帳のエンディングテーマ、ジプシーキングスの「インスピレーション」。鬼平ファンの間では「勘ばたらき」と言うらしい。しかし、我が家のヨシコは「「勘ばたらき」と言うよりも、「勘違い」が多い。

帰りの居酒屋で、あら、馬刺しがあるわ!馬刺しお願いしまーす!と言うのだけれど…・。

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きっと但馬牛、刺し身を、但「馬刺し」身と読んだんだろうなぁ。

うーん、牛はどこへ?

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母ちゃん、慌てもんだね。

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あじき路地

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お腹が減っては戦はできぬ。

いつも日曜日閉店とあって期待していなかったのだが、あれ?遠くに暖簾が見えるではないか。ひょっとしてとの想いで、歩を進めると、本日は開店、辨慶(べんけい)五条店。ヨシコはヨシコリを抱きながら満面の笑みを持って入店。これまた運よく座敷が空いていたので、座らせていただいた。

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ピリリと唐辛子が効いた「きんぴら」がうまい。

寒い季節には温かなうどんがたまりません。すじ肉も柔らかく、いい味してます。うどんがつるると喉を通る。ふと見ると壁にタージン・スペシャルというメニューが貼られているのが関西らしい。以前、違ううどん屋ですすっていたら、隣にタージンが座ったことがある。いいコメントが出るのかと思えば、普通に黙々と食しておられたもんだ。

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さて本日の目的地、あじき路地。

大正時代に建てられた築約90年の長屋が連なります。かんじる比良を通じてお知り合いになった木工作家さんにお会いするため、足を運ぶ。見逃しそうな小さな路地に入ると、のんびりとした時間が流れています。井戸の跡や、格子窓。そんな中でも、しっかりと生活の匂いが漂っている。

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お地蔵様。

あじき路地に関わらず、京都を歩いていると、お地蔵様をたくさん見かける。中には、立派な祠に入っておられるものから、様々である。そのひとつひとつが個性的で、また生活の一部であり、日々、大切にされているのだなぁと感じるのだ。

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日曜日のパン屋さん。

今日はそれも目的のひとつ。平屋の中にはどっしりとしたパンが並ぶ。ヨシコは、早速、気になるパンをささっとお買上。お店には、Kくんという、ヨシコリと同じ6ヶ月の男の子。ヨシコリは、見初めたのか、じっと見詰め合っている。これこれ、ヨシコリよ、まだ早いぞよ。

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似合うかしら?

オーダーメイドの帽子のお店、evo-seeでヨシコリにお似合いの帽子を発見。お店の方のご好意で、かぶるヨシコリ。2階からも光を取り入れるような工夫がしてあり、長屋なのに明るい空間。そもそもこの路地自体が、よく考えられていて、南側が平屋であるがゆえに、北側の2階建ての長屋にもしっかりと陽が注ぎ込むようになっている。猫が陽だまりの中で気持ち良さそうに寝そべる風景が想像できてしまうのだ。

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空にのびる風呂屋の煙突。

今は使われていないそうだが、この路地に溶け込んでいる。最近まで住まわれていなかかったこの路地に、人が集まり、改装し、それぞれの作品や食品を発信している様子を見ていると、何でも人のつながりや、人の力で世界は変わっていくのだなぁと思う。昔のように風呂屋の煙突から煙が昇ることを求めるのではなく、新しいカタチで古きものが蘇り、日常となることは、ヨシコリが大人になるころに、もっとおもしろいことになるような予感がする。

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何だかわくわくしながら、長屋や路地を細やかに案内してくださった矢部さんに感謝して、小さくとも楽しい路地を後にした。

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民芸のみの市と下鴨神社

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整理番号は29番です。

何?29番?肉?

これは幸先がいいではないか。

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叡山鉄道の木野駅の近く、民芸のみの市は日本家屋が立派な上田邸で開催された。ここには陶磁器、染織品、木工品、古民芸、雑貨が並ぶ。ヨシコがどうしても行きたいというので、早朝から足を運ぶ。近くの竹林では筍がすっかりボクの背丈を追い越していた。

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雑誌「民藝」を立ち読み。

パラパラッとめくると、バーナード・リーチのインタビューが掲載されている。もし生まれ変わるとすればどうなりたいかという質問に対し、私以外何も変わらなくてよいと即答している。人はもっと深く物事を愛し、謙虚になれば同じ環境でも世界は変わるということだろうか。

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何ともいい音がする。

京都民芸資料館では、たくさんの古時計が壁一面で時を刻んでいた。古時計は止まるし、進むし、遅くなるし、かわいいですと、主催者さんのお言葉。明治のものでもばらして、再度組み立てると動き出したとかで、我が子を見るような目で古時計を見守られます。

ちなみにこの京都民芸資料館は、滋賀県蒲生郡日野町の瀬川元次氏寄贈のもので、明治19年創建の土蔵を輸送したもの。石造りの階段が印象的でした。

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ぼろの美。

「もったいない」という精神が美として現れたのだろうか。明治、大正の布を思わず手にとって見てしまう。あちこち継ぎ接ぎされているのだが、それが元の布地と相まって、魅力的なものになっている。継がれて着物として生きた布に貧乏臭さはなく、まだまだ使えるぞと主張するその布を、ヨシコは大切にいただき、平成の世で再度、利用することにした。

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濱田庄司や河井寛次郎の作品に触れる。

いつもならケースの向こう側で鎮座するであろう陶器にも触れられるのがおもしろい。そんな高額なものから100円の陶器まで、ずらりと並ぶのみの市。ヨシコはひとめぼれした器を数点買い求める。その着眼点はヨシコらしいもので、鳥さんが描いてあるからとか、蓋がかわいいからとか単純な理由で手に取る。自分が気に入ったものを買うのが一番なのだ。

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ついでに下鴨神社まで。

叡山鉄道を降り、出町柳に戻るとそこは鯖街道の終点。鯖寿司を頬張ったなら、そこから散歩。下鴨神社のそれぞれの干支の神様にお参り。もちろんお腹の子の干支になる丑年の神様にも手を合わせる。十二単の王朝舞いを垣間見て、子どもの日ゆえに奉納される少年剣道演武、なぎなた演武があるらしく、それぞれ境内で練習されていた。

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糺の森。

樹齢数百年、山城平野の名残りの原生林。街中にポッカリと現れる森の雰囲気に心も穏やかになる。烏(からす)の縄手をのんびり散歩。烏(からす)とは下鴨神社の祭神の一つである八咫烏(やたがらす)の事を指し、縄手とは細くて長い道の事。八咫烏の伝承は熊野をはじめどこにでもあるのだなぁと、今更ながら思ってしまう。

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最後にデザートを。

美しくもられたケーキをいただきながら、大山崎の近くのカフェで雨宿り。今日買った器の話を聞いていると、その器にどのような料理を盛りつけようかと、ヨシコは今から楽しみにしている。そして小雨の中を家路につく。ほどなく雨模様の池から、水鳥の一声が聞こえる。するとお腹の子は雨粒をはらうかのごとく、ブルルンッ!と応えた。

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ひこにゃんと和蝋燭

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今日も連れてこられました。

彦根城の大手門の外にある馬屋で、ヨシコは模型の馬にむかって語りかける。朝起きると快晴。寝起きの開口一番、「おいしいもの食べに行こう!」ってお腹の子が言ってるー!とヨシコの口が言うので、それならばと電車に飛び乗り彦根まで。聞くとヨシコにすれば、ちょっと遠いらしい。

車窓から見ていると草津を過ぎたころから田植えがはじまる。田園風景の中に突然現れる「分譲中」の看板は、農地が宅地へと変わることを示し、能登川あたりでは子どもたちが川遊び。まずは腹ごしらえと参りましょう。

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雑誌で甲賀のオススメを見ながらランチを。

たまたまあった「冬眠知らずのくまさん情報」をじっくり読んで、ほっこりカフェ「朴(もく)」でのんびり。食べたサラダの中には日野菜も入っていて、去年お世話になった日野のUさんも田植えをされているのかなぁと、思い出す。

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ひこにゃん、にゃん!

お腹を満たし、彦根城の天守閣まで歩くとひこにゃんにバッタリ。大人も子どもも嬉しそう。それを見たヨシコは、ひこにゃんは幸せを運ぶにゃんこなんだなぁと言う。

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内堀では白鳥が屋形船を追いかける。

その横で亀たちが甲羅干し。ゴールデンウィークだというのに静かな彦根。ゆっくりとした時間が流れるのだ。

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和蝋燭の明かりは限りなく優しい。

そう聞いてやって来ました夢京橋あかり館。数日前、「匠の国日本」という北康利さんの著書を読んでいると、彦根の和蝋燭屋・蝋喜商店四代目、古川五郎氏の写真があって、またその仕事ぶりを読んでいると、これは見に行かねばと思ったのだ。

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さっそく館内に入ってみたが、古川氏の蝋燭はない。かつて彦根では53軒もの蝋燭屋があったのも昔、今は御歳83歳の古川氏が最後の彦根ろうそく職人。その蝋燭の代わりに愛知は岡崎の松井和蝋燭工房の和蝋燭しか置いてないところをみると、風前の灯火であった彦根ろうそくがどうなってしまったのか。気になるところである。

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そして陸舟奔車(りくしゅうほんしゃ)。

これは世界で最初に発明されたペダル・クランク機構の舟形三輪自転車の復元車で、彦根藩藩士の平石久平次時光が1732年に発明したもの。1817年のカール・フォン・ドライス、1861年のピエール・ミショーの新たな発明を経て、少しずつ改良され現代の自転車になるわけである。自転車が移動手段の主力となっているボクとしては、発明してくれありがとうごさいますと頭をさげるのだ。

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ヨシコが燃料切れ。

お腹を空かせたヨシコは、源三郎の抹茶ソフトクリームを食べるなり、これはおいしい!と唸る。大正13年創業。石臼で丹精込めて挽いたやや荒めの抹茶が入ったソフトクリームは、抹茶嫌いのボクでもペロリと食べれる味だった。

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仲良しオカメ。

ずっとこの調子で、見ているだけですっかり楽しい!

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やはりヨシコが再び燃料切れ。

どこで見つけたか、ステーキ重に一直線。ちょ、ちょっと待ってくれヨシコよ。我が家の財政で高価な近江牛を食べている場合ではないのだ。すまぬ。その代わりに近くの蕎麦屋へ入る。十割そばで昼間酒。鰹の出汁とわさびの香りがたまりません。咽喉越し最高。ヨシコはつけとろろ蕎麦でご満悦。

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南部鉄器の蝋燭台に和蝋燭。

帰宅後、せっかくだからと買い求めた和蝋燭に火を灯す。櫨(はぜ)から作られた生蝋、紙のこよりと藺草(いぐさ)の芯に灯るその明かりは、やはり限りなく優しい。そしてその炎はまるで生きているように揺らめく。

江戸時代、和蝋燭は贅沢品であった。使っていたのは大名や豪商ぐらいなもので、庶民は菜種油やいわし油などを利用した行灯(あんどん)である。その行灯といえど、今で言う1~2ワットぐらいの明るさなので大抵は太陽が沈めば寝て、太陽が昇れば起きたものだろう。

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初めてのまったりし隊の旅もそうだった。

ふたりでテントを担いで日本を横断していたときは、太陽とともに生活した。数週間も続けると、体が内側から変わってきて、力がみなぎった。その経験から、それまで続けていた夜から朝方までの仕事をやめたのだ。

今夜は和蝋燭の灯りを前にふたりで話し続ける。電灯と違い、蝋燭のまわりだけが輝いて見え、あの旅のときと同じく夜空の下で焚き火を囲んでいるようだ。やがてふたりとも炎に魅せられ静かになって、ただただ伝統の技に感嘆するのです。

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琵琶湖疏水

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暑過ぎる!

まだまだ4月だというのに、何でしょう、この気温。アスファルトからの照り返しがまるで夏ではないか。本日の我が隊の目的地は、京都市動物園のすぐ近く、あちらに見えます琵琶湖疏水記念館。

そもそも琵琶湖疏水は、明治時代、第3代京都府知事となった北垣国道が、京都に活力を呼び戻すため、琵琶湖からの水力で新しい工場を建て、舟で物資の行き来を盛んにしようという壮大な計画だったわけです。

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明治40年6月刊行の写真を見てみると、蹴上げのインクラインが写っています。南禅寺方面の道も、平安神宮への道も、その地形に変わりないですね。

ちなみにインクラインとは、船が上がれない急な坂を貨車を使って引っ張り上げるための線路で、大津から来た船をそのまま貨車に載せて、次の水路へと運ぶわけです。

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さて平安神宮の東神苑の池を見ると、すごい魚影です。

ヨシコは、カメの動きに夢中で、甲羅干しをしようとしている彼らが、乾いた石の上に這い上がる姿に声援を送っている。すっぽんも岩陰にかくれ、ボテジャコ、イチモンジタナゴなど、今や貴重な琵琶湖の魚が泳いでいます。

それはなぜか。

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平安神宮の池の水は明治28年からずっと琵琶湖疏水の水が入っているのですが、近年の琵琶湖におけるアオコ、赤潮の発生時にこの池にも影響があって浄化装置がつけられました。その後に、外来魚問題。

つまりこの浄化装置によって、ブルーギル、ブラックバスがこの池に入ることはなかったという偶然が重なって、今でも琵琶湖で絶滅宣言された魚が泳いでいるのです。

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ちなみに山縣有朋の別邸、無鄰菴(むりんあん)も疎水沿いにあり、琵琶湖の水が流れています。

木陰が気持ちよくて、ついついのんびり。

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琵琶湖のおかげで、こんな庭園になったんだなぁと、琵琶湖疏水の恩恵に感謝。

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恩恵といえば、その琵琶湖疏水の水力で発電。新しい工場が生まれ、路面電車も走り出し、京都は活力を取り戻しました。のちに水道と市営電車を開業。平安神宮内にある日本最古の電車も、その力で動いていたのかなぁと、ついつい見とれてしまいます。

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観光用の十石舟に乗ってみる。

すっかり葉桜になった横を、涼やかに移動する。十石舟といえば、江戸時代に伏見の酒、米、人を大坂に運ぶための輸送船。昔は琵琶湖疏水の計画をはじめ、この地において水運って非常に重要な地位を占めていたのだろう。

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それにしても、工事を終了し、はじめて水が流れてきたとき、感動しただろうなぁ。

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昔の賢人の功績に感謝です。

(ヨシコの筍の下処理にも感謝です。)

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ちなみに明治43年の琵琶湖と比良山系。

ここから京都に水が流れ出たわけですね。

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能勢妙見山

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春の雪。

高台にある吉川小学校の桜が、散っていく。空一面に紙ふぶきのようにキラキラと日光を反射させて舞い降りてくるたくさんの花びらが、ゆっくりと僕たちを包み込んでいく。

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能勢電鉄、妙見口。

我が家から1時間の電車の旅。能勢電鉄は初めて乗ったのだが、やはり窓が開く車両というのはとてもいい。春の匂いいっぱいに、山々の間を走っていく。いくつかのトンネルを抜けると終点、妙見口。そこから吉川小学校の袂を過ぎ、黒川まで徒歩20分。タンポポが咲き乱れ、田んぼは収穫にむけて準備を始めている。

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ヨチュオさん、大人げなくない?

ヨシコにそう言われるも、最前列のシートに座る。後から来た小さな子どもたちが口々に、「前で見たいー!」という言葉を黙殺し、いよいよ急傾斜を登る妙見ケーブルが発進する。許せ、将来有望なる子どもたちよ。大人といえど、君達と同じ景色を見たいときがあるのだよ。

子どもたちの嬌声を背に、ケーブルカーはどんどんと登る。右も左も見事な桜。葉桜になるべく白き花びらをこれでもかと、ケーブルカーに降り注いでくるのだ。そして北側。炭を作るための山を、間伐し、管理しているとのアナウンス。かの有名な能勢の菊炭かなぁ。

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それではお昼ご飯にしましょう。

朝からヨシコがお弁当をつくってくれる。焼きたらこと氷魚の玄米オニギリに、卵焼き、エビのソテーなどなど、桜の木の下でのんびり舌鼓。標高524mから見える山々にも様々な桜が咲いていて、どこを見ても最高に気持ちよし!

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シグナス森林鉄道。

実はこの鉄道に乗りたくてやって来たのだが、休日ともあって子どもたちが長蛇の列。妙見ケーブルの最前列を占拠して申し訳なかったと思っていたので、今日は見るだけにした。ふと料金表を見ると、大人200円、子ども100円。でも、シグナス森林鉄道って中学生以上は大人料金なのだ。

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大人と子ども、その境界線はどこなのだ。

大人だって竹馬に乗りたくなることもある。きっと大人は、「大人になりたいと努力している子ども」なのだ。そして還暦になったら、何かから解放され、子どもに戻るのかも知れないなぁ。

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リフトで山頂方面へ参りましょう。

前を行くヨシコが頭をたれる。寝たのかい?と聞くと、お腹の子にお話ししているのよと返ってくる。向こうからすれ違う親子連れ。父親が後ろを振り返り、後ろのリフトに乗っているかわいい3歳ぐらいの我が子の写真を撮っている。そして子どもが僕たちの横を通るころ、父親には聞こえない声で「写真ばっかり撮らんでよろし」と言う。それを聞いたヨシコが大笑い。子どもも大人顔負けの発言をするものだ。

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ヨチュオさん、わたし妊婦だけど、危険なところに行かないよね。

もちろん行かないよ。ちゃんと考えているからね。ゆるやかな登りだし、もうすぐ行くとブナ林があるはずなんだ。

それなら行くわ。お産のためにも妊婦はしっかり歩かなきゃダメなのよ。

ところでヨチュオさん、ブナってどんな木か分かっているの?

さぁ、何となく「これブナかなぁ」でいいんじゃない。

…帰りましょ。

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ヨシコは水戸黄門の歌を歌いながら歩いている。

そしてボクを見るなり、「助さん、格さん、ついてらっしゃい!」とすっかり黄門さま気分で先を行く。

ヨシコよ、その後ろ姿はどう見ても、うっかり八兵衛だよ。

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あの人、赤ちゃんいるんじゃない?

能勢電鉄の車内で子どもたちが、ヨシコのお腹を見てささやきあっている。ヨシコがパッと見ると、シーッ!と言い合って、気づかれないようにする子どもたち。そのまま大きな声でシリトリが始まった。

ラッコ!

パンダ!

ダチョウ!

ちょっ、ちょっと待ってくれ。ラッコの次はパンダでいいのかね。

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こんな小さな旅のあとは、ビールに限る。ヨシコがワラビを炊いてくれ、たっぷりの鰹節とともにいただくと、うまい!となるわけである。何でもシンプルが一番。

ちなみに妙見口の前の食堂でもビールを飲んだわけだが、そこでは5歳ぐらいの子どもがエプロンをして大人顔負けに働いていた。家族なのかなぁ。お父さんがその子を抱きかかえると、ふにゃふにゃ~とすぐに子どもの表情に戻る。

大人も子どもも、素直な気持ちで参りましょう。

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